【親切・丁寧な教員をやめよう】 チャレンジと失敗を重ねて

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 「親切な先生は子どもや家庭に依存されやすく、子どもを駄目にする」と警鐘を鳴らす千葉県公立小学校の松尾英明教諭。「不親切教師」を自ら実践するにあたり、日々どのような問題意識を抱えているのか。インタビューの最終回では、「不親切教師が子どもの主体性を育てる」と語る松尾教諭に、これからの学校や教員のあるべき姿を聞いた。(全3回)

質を上げるのは限界

――「不親切教師」は、負担軽減につながる側面もあります。昨今、働き方改革を巡っていろいろな議論がなされていますが、どのように考えていますか。

 いろいろと思うところはありますが、一番言いたいのは「学校の教員はもう頑張っています。これ以上、質を上げるとか、工夫するとか、努力するとかいうのは無理です」ということです。

 教員は、全ての子どもに学習指導要領が定める学力を付けなければなりません。でも、そんなことが完璧に実現された学校なんて見たことがあるでしょうか。これまでの歴史の中で、全ての子どもが国語も算数も音楽も体育もできるだなんてことはあるわけがないのに、「努力義務ですが、やりましょう」と言われているのが今の学校なんです。

 一方、世界的によく知られる高級ホテルチェーンでは、全スタッフが状況を見ながら「お客さまのために」と、完璧に近いサービスを提供しています。これがなぜ実現可能かと言うと、スタッフが大きな権限を持っているからのようなのです。経営者からの信託の下、スタッフが自分の裁量で動かせる予算が月に数万~数十万円もあるらしく、例えばプロポーズするお客さまがいればシャンパンを差し入れるといったことができるそうです。

 これと同じサービスを、1泊5000円未満のリーズナブルな宿に求められるかと言えば、無理に決まっています。宿泊における本来の最低限のサービスだけで手いっぱいでしょう。今、学校が求められているのはこれなんです。「工夫すればできるはずだ」「頑張ればもっと良いサービスを提供できる」と言われ続けてきたわけですが、「ヒト」「モノ」「カネ」や権限が十分に与えられていない中では物理的に無理です。

 それを「現場の工夫だけでなんとかしろ」と言われても、学校はもうとっくに限界を超えています。必要なのは人手、資源、金。この3つが足りていないんです。

 教員は本当に真面目です。そんな人たちに対し「もっと工夫を」「もっと努力を」と求める続けることが間違えていると思うんです。教員の質の確保どうこう以前に、前提の業務量に無理があり過ぎます。算数の足し算と引き算ができれば分かるレベルの話です。

――それが、「これ以上、質を上げるのは無理です」という話につながるのですね。

「教育の質を上げるのは、もはや無理」と話す松尾教諭

 中にはスーパーマンみたいな先生もいます。どんなに頑張っても疲れを見せないし、子どもや保護者ともうまくやっていけるような人です。でも、「この先生からやり方を聞いて、皆で同じようにやろう」というのは、不可能なんです。

 学校教育は大きな組織です。全員がスーパーマンになれるものと見なして質の向上を求めるのではなく、そもそものやることを減らすところから始めなければ、現場の問題は根本的に解決しません。

 現場は、もう限界以上にやっています。時間外も働き、本来求められている以上のことを皆がやっています。休みも十分に取れず、モノや金がない中で無理をさせられている。でも、優秀で真面目だから「できません」とは言えないのです。「頑張ってなんとかします」と言って、頑張って工夫して乗り越えてしまうわけですが、これがよろしくありません。例えて言えば、本当はスタッフが5人必要な店を毎日4人で回しているような状況です。

――そうした状況だと、どんなことが起こるのですか。

 4人で無事に営業が終わると、店長は「人件費が1人分減った。今後も4人でいけるじゃないか」と考えてしまいます。そして、次に3人でやらないと駄目な日があって、偶然この日のスタッフが優秀で回せたら、「3人でもいけるじゃないか」「2人でもいけるじゃないか」となっていくわけです。

 同じようなことが学校でも起きているわけです。誰が悪いかというと、もちろんこの「店長」の立場の人ですが、それを承諾した従業員も良くないと思います。「無理です」「帰ります」とはっきり断らなければ、人を使う側は善意に頼ってしまいます。この構造がなぜ学校でできてしまっているかと言えば、教員が「親切」だからです。

親切・不親切とは

――善意で良いことをしているようでいて、実はマイナスの結果を導いているのですね。

 親切には2種類あって、「心からの親切」の他に「不親切だと思われたくない」というものがあります。「親切ごかし」と言い、保身のため、あるいは高く評価さるために行う親切のことを指します。

 学校教員はとかく比べられがちです。保護者から「〇〇先生は良かったけど、あなたは駄目ですね」とは言われたくないし、上司や同僚からも言われたくありません。だから皆、頑張ってしまう。でも、そうやって教員が親切になればなるほど、子どもは不幸になります。過剰サービスに慣れて、自分でやれることがやれなくなるからです。

――先生がやってくれるのが当たり前になるんですね。

 そうです。例えば、給食の配膳を1年生にやらせれば時にひっくり返したりします。でも、「失敗はするもの」という前提で、やけどには気を付けながら少しずつやらせるからこそ、どんどんできるようになるんです。もし「一切の失敗はさせない」とすると、子どもは何もできないし、教員は何もさせられません。

失敗を認めない学校風土に疑問を投げ掛ける

 現状では、われわれ教師自身が失敗することを許されていません。だから、子どもの失敗も認めにくくなります。そして、教員が「おかしい」と思ったことも我慢を強いられているから、同様の我慢を子どもにも求めてしまいます。「本当は失敗させてあげたいけれど、できない」「おかしいと思っているからさせたくないけれど、させている」というようなことが、実はいっぱい起きているんです。

 どこでそれを断ち切るのかという点で、「われわれ教員が『親切』をやめましょう」というのが私の提案です。「無理をしなくていい。失敗してもいいし、『おかしい』と感じていることを我慢しなくていい。もっと自分たちのことを考えていきましょう。それが子どものためにもなります」ということなんです。

 子どもには、われわれ大人が楽しそうに生き生きとしている姿を見せて、「早く大人になって、ああいうふうになりたい」と憧れさせるのが大事だと思うんです。そのために特別なことをやるのではなく、自然な姿でそう思ってもらえるのが大事なのに、今はその余裕が教員にない。無理をして、保護者におもねって苦しい思いをしている姿が、子どもたちにも伝わってしまっています。

 「安全」の話も同じです。「学校は安全第一だから、子どもにけがをさせない」と、教員が無理をして守るのではなく、危険を回避する力を育てるべきなんです。一生守ってはあげられないのですから。「子育て四訓」として言われる「乳児は肌を離すな。幼児は肌を離せ、手を離すな。少年は手を離せ、目を離すな。青年は目を離せ、心を離すな」と同じで、できるようになったら手を離して自立させていくべきだと思うんです。学校教育全体がそういうイメージを持つべきです。

 そうした見極めをせず、「親切」にし続けては、子どもの危機対処能力は育ちません。子どもに多少はけがをさせて、危険を意識するよう育てていく必要があるんです。

 もちろん、大きな事故が起こったら100%、学校が責任を問われます。そうした覚悟を持った上で、子どもの手を離して、危機対処能力を育てることが大切なんです。

「不親切」こそが本当の親切

――「不親切」にする覚悟が必要なのですね。

 はい。「不親切」と言ってはいるものの、実はこれが本当の親切だと思うんです。目先のことではなく、ずっと先の未来を見据えて、子どもにどんな力を付けてあげるのが本当の親切なのかと考える。それが「不親切教師」のやるべきことであり、本当の親切教師だと思っています。

「不親切教師」の覚悟を語る松尾教諭

 もちろん、「不親切」にすることで、今まで起きなかった小さいけがや問題が起きることもあるでしょう。その点で私はこれまで校長先生に恵まれていて、「やりたいことをやりなさい。本当に危なかったら止める」と言ってもらえてきたので、チャレンジできましたし、失敗もいっぱいしてきました。

 失敗のたび一緒に謝り、一緒に何とかしてくれる先生たちがいたことが支えになりました。これからの教員は、子どもに対してそういう存在になるべきだと思います。いろいろと挑戦させて、「何かあったら自分が責任を取る」と言う。そのためには、そう言ってくれる校長先生や教育委員会が必要です。そして、互いに支え合い思いやる余力のある仲間が必要なのです。これは、大人の職場づくりでも子どもたちの学級づくりでも同様です。

 学校がそういう職場になれば、教員が無理をせず「やれないことはやりません」とはっきり言えるようになり、新しい人材が失敗を恐れずにやっていける場になっていくと考えています。

【プロフィール】

松尾英明(まつお・ひであき) 千葉県公立小学校教諭。「自治的学級づくり」を中心テーマに千葉大学附属小学校などを経て研究し、現職。単行本や雑誌の執筆のほか、全国で教員や保護者に向けたセミナーや研修会講師、講話などを行っている。学級づくり修養会「HOPE」主宰。ブログ「教師の寺子屋」主催。著書に『不親切教師のススメ』(さくら社)、『学級経営がラクになる!聞き上手なクラスのつくり方』(学陽書房)など。

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