『時をかける少女』や『竜とそばかすの姫』などの作品で知られるアニメーション映画監督の細田守氏らを特別講師に迎え、広域通信制高校のN高校とS高校の生徒有志がメタバース空間で映像作品をつくるプロジェクトの上映会が9月21日、東京都千代田区で開催された。VRやメタバースが実装された未来の学園生活をテーマに、生徒は約半年をかけてアニメーション作品を制作。空飛ぶホウキや魔法のじゅうたんなどVRの強みを存分に生かした自由な世界観を描く作品や、本来の姿が見えないメタバース空間の矛盾や脆さを問う作品など、高校生が試行錯誤した成果が披露された。作品を鑑賞した細田氏は「メタバースで作品を作るのは世界的に見ても事例が少なく、かなり先駆的な試みだろう。果敢にチャレンジした生徒の皆さんはパイオニアであり、とても素晴らしい」と生徒の挑戦をねぎらった。
同プロジェクトは、Meta社(日本法人Facebook Japan)と同校を運営する角川ドワンゴ学園が連携し実現。細田氏のほか、演出家の山田由梨氏やバーチャル建築家の番匠カンナ氏が特別講師として生徒をサポートしながら、完成にたどり着いた。
生徒は今春からプロジェクトに着手。4つのチームに分かれ、実際には会ったことのないチームメートとオンライン上でやり取りを重ね、作品の構想を練った。本物の映画制作現場さながらに、監督や脚本など生徒それぞれが役割を担い、脚本や絵コンテを作った上でメタバース空間での撮影に挑戦した。VRを生かした世界観の表現方法や、自分たちの伝えたいことをメタバース空間でどう可視化するかなど、苦戦しながらも仲間同士でアイデアを出し合いながら作品のクオリティーを高めていった。
上映会では、生徒たちがこだわりを詰め込んだ全4作品がお披露目された後、特別講師である細田氏と山田氏が生徒に直接フィードバックした。
メタバース空間にあるVR学園を舞台に主人公の新入生の成長を描いた『ひらけゴマ!』は、「見ている人にワクワク感と希望を与える」がテーマ。空飛ぶホウキや魔法のじゅうたんなど、メタバース空間ならではのアイテムが続々と登場した。魔法使いに憧れる主人公が魔法を使って大きな花火を打ち上げるシーンでは、無限に広がる空間を存分に生かし、迫力のある映像をつくりあげた。
一方、メタバース空間の矛盾や脆さに目を向けたチームもあった。『ラナンキュラス』は、現実の自分の姿を愛せない主人公がVR上の自分と、現実の自分の間で葛藤する姿を描いた。主人公がオンライン上の誹謗(ひぼう)中傷で傷つくシーンでは、音楽や配色など細部にこだわり主人公の心が壊れていくさまを表現。講師たちからも賞賛の声が上がった。
作品制作に携わった生徒は「メタバースは理想を実現できるし、何でもできると感じた。ただメタバース上の理想を見て生きるだけでは、本当の自分を愛せないのではないかと気付いた。嫌いなところも含めて自分と向き合うことでしか、本当の自分を愛することはできないのではないか」と作品に込めた思いを語った。
一方、VRで映像作品を作る経験について別の生徒は「メタバースでは容姿や年齢、性別などを自由にデザインすることができ、多くの人とコミュニケーションを取ることができる。物理法則に従う必要がないので、現実にはできない演出ができる。自由で発想がしやすく、夢のような空間だった」と振り返った。
生徒の作品を鑑賞した細田氏は「今、高校生として過ごしている“実感”を形にできていて素晴らしかった。どこかで見たようなものではなく、高校生活を通して感じている気持ちを作品でうまく表現できている」と高校生ならではの表現を評価した。