教師もまた、学級をはじめさまざまな組織の経営者と言える。慶應義塾大学商学部の岩尾俊兵准教授は、授業や生徒指導、部活動や校務を「経営」として捉えれば、創造的な価値を生み出せるチャンスはいくらでもあると指摘する。誰もが経営教育に触れられる社会こそ、日本の未来を明るくすると話す岩尾准教授に、インタビューの最終回では課題が山積する学校教育の未来について聞いた。(全3回)
――『13歳からの経営の教科書』を学校で活用するのを想定して、ワークシートやスライド、指導案を「実践マニュアル」として公開、無償配布されていますね。その意図を教えてください。
巻末には、主人公のヒロトが図書室で見つけた不思議な教科書『みんなの経営の教科書』を掲載しました。基礎編では「新しい価値を生み出してみんなを幸せにすることをビジネスと言う」といった解説から、起業、生産、販売、広告など、経営が成立するまでを学べる内容になっています。
中級編では会計や組織、ブランドなど、ビジネスが成り立ち続けるために必要な知識について解説しました。応用編ではライバルが現れたときにどういった戦略を取ればいいのか、費用とコストをどう考えるかなども考えられるようになっています。
項目ごとに問題も出しました。例えば、基礎編の「情報通信技術」では、「問題1 インターネット上では絶対に売れないものにはどんなものがあるだろうか、考えてみよう」といった問題が掲載されています。正解は一つではありません。子どもだけでなく先生も一緒に討議していいと思います。また、ファシリテーションのポイントのようなものがあった方がいいと思い、実践マニュアルも公開しています。
「学校の先生は会社で働いた経験がないから経営教育はできない」という声がありますが、私は違うと思っています。会社だけが経営をしているわけではなく、いろいろな組織や人生も経営の対象です。授業で少しずつ工夫を加えるのは「製品開発」に他ならないし、クラスで学級委員や係を決めるのは「組織マネジメント」です。現場の先生方の中から、学校経営を担う校長先生や教頭先生を選ぶことからも、教師の仕事は経営経験と言えるのではないでしょうか。
だから、管理職の先生に限らず、一人一人の先生に「自分たちは学級や学校の経営者なのだ」と思ってほしいんです。その経営経験を題材に、子どもたちに経営の話をした方が、聞いたこともない会社の社長が講演に来て話すより、ずっと理解が深まると思います。
――学校は忙しくて「経営教育」をする時間がないとの声もあります。
その対立点こそ、価値創造という観点から解決してほしいですね。「価値創造を学べる経営教育は、生きる力として大事だ」という意見に対し、「でも、子どもには教科の勉強や部活動に取り組む時間も大事だ」という対立意見があったとします。両方を成り立たせるにはどうすればいいでしょうか。私は、授業や部活動を題材に経営教育をすればいいと考えます。
例えば、子どもが勉強のやり方を計画し、ボトルネックになる部分を探っていく。部活動で起きた問題をリーダーシップの問題と捉えて解決法を考えていく。そうすれば、両者が成り立つ経営教育になります。
何より、先生自身が学校経営の課題を経営の練習だと思って、解決にあたってみてほしいのです。今、悩んでいることや対立していることが、「子どもに幸せになってほしい」「良い教育をしたい」という究極の目標に、どうつながっているのかを考えてほしいと思います。そのつながり同士を見てみたら、両立できる別の手が見えてくるかもしれません。
例えば、多忙で時間が足りないと感じるのなら「非効率な仕事があるのでは」「書類が多過ぎるのでは」など、経営の観点からアイデアを出したり、行動に移したりしてほしいのです。「このように変えたら会議は不要になるのではないでしょうか」とか「部活動のこの時間は経営教育の一環として生徒に運営を任せてみてはどうでしょうか」などと提案することも考えられます。上から変えてもらおうとするだけでなく、誰もが経営マインドを持つことで自ら状況を変えるのです。
――AIが発達すると仕事の仕方が変わると言われます。経営を学ぶことに意味はありますか。
AIが多くの仕事をやってくれるようになるというのは、確かにそうだと思います。でも、AIを使いこなしたり、AIを使いながら経営・マネジメントを進めたりすることは人間にしかできません。AIを使うのは人間であり、使い方のルールを決め、その責任を取れるのは人間しかいないからです。逆に、小さい頃からマネジメント力を付けておかないと、こうした仕事ができなくなります。
――子どもも大人も、誰もが人中心の経営教育を学ぶようになったら日本は変わりますか。
変わると思います。日本では多くの経営者が、新卒から生え抜きで社長になっています。米国のようにプロ経営者が外部から入ってきて経営するケースは少なく、誰もが経営者になれる環境があります。大企業でなくベンチャー企業に入社したとしても、続けていれば社長になれるチャンスは大いにあります。そんな国は世界でも珍しいのではないでしょうか。
また、家庭の経済状況や文化的資本による社会の二極化が、世界各国と比較すると日本はまだ小さい方です。だからこそ、子どものうちから誰にでも経営教育が必要だと感じるのです。
先日、慶應義塾高校が近代的なチームマネジメントの力で、圧倒的なスター不在にもかかわらず、甲子園で優勝しました。同校の図書館の一番目立つところに『13歳からの経営の教科書』が置いてあることから分かるように、慶應の一貫校は経営教育に熱心です。しかし、私は慶應の教員ですが、本当は地方の公立校にこそ経営教育に取り組んで欲しいと思っています。今のままでは、慶應のように恵まれた家庭の子が経営知識さえも独占し、成果もまた独占するようになってしまうと危機感を募らせています。
小さい頃から経営を学び、一人一人が価値創造できる方法を知っていれば、営利・非営利にかかわらず経営者になれるチャンスはあります。また、たとえ法的な意味での経営者にならなくても、自分の人生の経営者として、幸せな人生を送ることができます。
勉強のやり方だって経営ですし、部活動や友達との関係づくり、将来の夢の持ち方も経営です。人生や生き方そのものが、経営なのです。誰もが経営マインドを持つようになれば、より多くの人が幸せになると思っています。
【プロフィール】
岩尾俊兵(いわお・しゅんぺい)慶應義塾大学商学部准教授。1989年、佐賀県有田町生まれ。父親の事業失敗のあおりを受け、中学卒業と同時に単身上京し、陸上自衛隊に入隊。高卒認定試験(旧・大検)を経て、慶應義塾大学商学部へ進学。東京大学大学院経済学研究科マネジメント専攻博士課程を修了。東大初の博士(経営学)を授与される。大学在学中に医療用ITおよび経営学習ボードゲーム分野で起業、明治学院大学経済学部専任講師、東京大学大学院情報理工学系研究科客員研究員、慶應義塾大学商学部専任講師を経て現職。子どもたちにも分かりやすい経営の入門書をつくりたいという思いから『13歳からの経営の教科書』(KADOKAWA)を上梓。