ベネッセ教育総合研究所では、さまざまな研究を行っているのだが、その一つに教員の働き方改革のプロジェクトもある。私も全国の学校にうかがってヒアリングをしたり、研修をしたりして、一緒に伴走させていただいている。
今回は働き方改革が大きく前に進んでいる好事例を紹介したい。広島市立吉島東小学校である。この学校は、昨年の月残業時間は多い時で学級担任の平均で63時間であった。残業が多い教員はなんと月108時間だったという。そういう背景もあってか、今年度から働き方改革推進モデル校に指定された。
同小の大下将司教諭は、この改革を推進している一人である。お話しをうかがった。
(以下、大下教諭の話)昨年度の半ばまでの本校は、明日の準備さえもままならず、常に何かに追われている働き方をしていました。小さい子どもがいるから早く帰りたい。でも帰れない。クラスの子どもたちのために何かしてあげたいのに、そんな準備をする時間も取れない。みんな余裕もなく、ストレスばかりが増している職員室でした。
初任教員の残業時間は、100時間を超えました。そんな思いをさせてはならないと考え、年度途中に働き方改革推進委員会を立ち上げました。私はICT推進担当でしたので、ICTの研修も兼ねて校務でのICT活用を考えていました。
まずはアンケートによって教員たちの思いや考えを集め、分析結果を基に取り組みを提案しました。その頃、文科省から出ている働き方改革事例集に出会い、校務書類のクラウド化を行い、ペーパーレス化や共同編集を可能にしたり、職員室のレイアウト変更をしたりしてきました。
そんな中、今年4月から市の働き改革推進モデル校の指定を受けました。指標としては教職員の時間外在校等時間を月45時間以下にすること、年次有給休暇を16日以上取得することなどの数値目標が示されました。
ますます働き方改革が進む。校内の教職員にとっても、自分にとっても、良い結果が待っている。良い機会だと考えていたのですが、そうはなりませんでした。
職員会議で提案すれば、変えることがストレスになると言われたり、新しいアイデアが出てこなくなったりしました。私がこれまで良かれと思ってやってきたことには意味がなかったのかもしれない、と自己嫌悪になることもありましたが、今では正直に声を出してくれたことにとても感謝しています。あのままでは私は一部の教職員で固まって暴走していたことと思います。
今まで、働き方推進委員がトップダウンで伝えていたことを反省しました。そこで、ベネッセ教育総合研究所に連絡し、庄子先生にオンラインやオフラインで研修をしてもらいました。
研修をやってもらっても、本当に変わるのだろうか。最初はそんな疑問もありました。やるべきことは全てやっている。これ以上何をするのだろう。改革に消極的な教員たちは、どういう態度で受けてくれるのだろう。半信半疑の気持ちでした。
庄子先生は、ご自身がやってきた働き方改革の話ももちろんしてくださいましたが、メインの内容は「何のために働いているのか?」という自問自答の機会を作り、それを教職員で共有することでした。校内で同じ取り組みをしていても、働く意識や働き方改革の目的がバラバラだったことに初めて気付かされました。
対話こそが、本校にとって必要なものでした。これまで取り組みは進んでいても、取り組みの目的を共有したり、働く目的を話したりしたことはありませんでした。さらに、私たちがやってきたことを価値付けていただいたこともあり、自分たちで取り組みを進めていこうという意識が芽生えたように感じました。
その直後からです。各校務部会、管理職、事務員から「Googleカレンダーを使ってみよう」「学校から保護者への配付物の電子化しよう」「所見をなくして懇談にしよう」「夏休み明けの授業時数をカットしよう」と取り組みたいことで次々に声が上がりました。会議は、実現する方法を一緒に考える場に変わっていきました。まさに教員たちが自分なりに「何のために働くのか」を見つめ直し、働くことの目的を発見したようでした。
本当の働き方改革とは、国や行政が行うものではなく、一人一人が働きがいを見つけ、働きやすさを求めて対話していくことだと気付かされました。
今後は、働き方改革で生まれた時間をどのように使っていくかが重要だと考えています。教員に時間的なゆとりが生まれても、子どもたちが落ち着いて学習できる環境ができていなければ本末転倒です。教師としての力量を上げるための研修の仕方を見直したり、疲れ果てて学ぶ意欲をなくしていた教員たちの学ぶ意欲を上げていったりする方法を模索していきたいと考えています(ここまで大下教諭の話)。
学校はまだ紙を使っているのか、と言われることがある。電子化すれば、時間は短縮される。しかし、紙に慣れていて、紙が便利という多くの教員の痛みに寄り添うことがなければ、本当の働き方改革は成し得ない。まずは、なぜ働き方改革をしたいのか、という目的を共有することが大切だ。国や自治体が言うからだけでは、校内の分断を生む。
だから紙のままでいい、ということではない。紙から電子化する時には、習慣を崩すという痛みを伴う。「その痛みを、全員で超えていこうじゃないですか!」と、校内の全ての教員に寄り添いながら前に進んでいく必要がある。
これは管理職の仕事だと思う人もいるかもしれないが、そうではない。若手でも誰でもできる。逆に管理職だからやりにくいこともあるのである。まずは職員室内の数人で対話し、仲間を増やし、提案する。反対する人には寄り添い、認め、自分の考えを伝え続ける。
教員時代、私の机にずっと貼ってあった言葉がある。「苦手な人ほど話す」。私が話し掛けると、その人は「庄子さん、やっぱり私のこと苦手なのね」と笑いながら話してくれたものである。改革派も慎重派も、よりよい教育にしたいことは変わらない。教職員みんなで対話することから始めてみるのはいかがだろうか。