駅から徒歩5分ほどの住宅地、道路から少し奥まった所に、2階建ての民家を利用した「まかないこども食堂 たべまな」がある。運営しているのは非営利団体KAKECOMI(カケコミ)。発起人で代表を務める鴻巣麻里香さんは、スクールソーシャルワーカーとして子ども支援に関わる傍ら、9年前から週に1回、こども食堂を運営している。安全を必要とする女性と子どものためのシェアハウスや、生活の困りごとを話せる相談室も運営する鴻巣さんに、手掛ける事業の具体的内容や込めた思いを聞いた。(全3回)
――外に「たべまな」の看板が出ています。ここがこども食堂なのですか。
そうです。「たべまな」はこども食堂の名称です。活動の大きな目的として、子どもたちに食事を提供するだけでなく、学校でも家庭でもない「3番目の居場所」をつくることがあります。
毎週月曜日の午後3時から午後7時半までオープンしていて、好きな時に来て、好きなように過ごせる場所です。たべまなに通うのに料金はかかりません。18歳までの未成年は無料でご飯が食べられます。その代わり、調理や配膳、片付けなどを手伝ってもらいます。
ここには本当にいろいろな子どもが来ます。学校に行かない子もいますし、学校が終わってからそのまま来る子もいます。本を読んだり、ゲームしたり、おしゃべりをしたり、自由に過ごせます。進学を控えた高校生の小論文を私が見ることもありますし、高校生や大学生が小中学生の勉強をサポートすることもあります。
今キッチンに立っている子は、さっきまで友達から韓国コスメを使ったメイクを教わっていました。そんな感じでご飯ができる午後6時ごろまで、みんな思い思いに過ごしています。1階はキッチンと食堂兼居間、2階はもともと勉強したい子たちのための部屋でしたが、今ではほとんどゲームをする部屋になっています。
私は食材の切り方や、炒め方、ゆで方を伝えたり、味を整えたりするだけで、実際の料理は子どもたちに任せています。調理スタッフは全員高校生です。どちらかというと、私が暇そうにしているくらいがいいんです。大人が慌ただしくしていると「大人というものはいつも忙しくしていなければならない」という謎の刷り込みを子どもに与えてしまいます。何か話したいことがあっても「忙しそう」と遠慮してしまうことにもなります。私のように、ちゃぶ台のそばに暇そうに座っているから、話し掛けようと思ってくれるんです。
――こども食堂のほかに、どんな事業がありますか。
手掛けている事業の一つに、民間シェルター事業があります。家庭内暴力や生活困窮などで家が安全でない人たちが、短期から最長2年ほどの間、安全に住めるシェアハウスを運営しています。
公的なシェルターでの保護対象は、多くの場合、身体的虐待や暴力などが明らかなケースです。そうしたシェルターでは、保護や安全を最優先するために、被害者が携帯電話を使えなくなったり、外出や就労、通学に制限がかけられたりすることもあります。
家庭内暴力の加害者の方を家から引き離す制度があればいいのですが、今のところはありません。でも、被害者の安全のためには、自由な行動が制限されても「仕方がない」という発想は間違っていると思います。
そうした状況もあり、被害者の安全も自由も確保できる住居を用意したいと思いました。特に、モラルハラスメントのような言葉の虐待や、生活費を出さないといった経済的虐待のように目に見えない被害を受けている場合は、行政の保護が受けにくいからです。当の被害者も「今、我慢すればいい」と逃げることをためらうことがあります。そうした制度の隙間にいる人たちが共同生活を送れるシェアハウスを運営しており、自炊ができれば15歳以上から入居できます。
その他にも「ソーシャルワーク相談室」という相談事業を行っています。一つの困り事があると、雪だるま式にいくつもが重なり合ってしまうことがあり、適切な相談窓口を探すことが難しくなります。例えば、「お金がない」ときにネットで検索すると、「即日融資」「審査不要・来店不要」など消費者ローンの広告が上位に出てきます。人は困っていると心理的な視野が狭くなり、目の前のことしか目に入らなくなります。そのため、役所の窓口に相談へ行くより先に、すぐにお金が借りられる所へ流されてしまいがちです。
生活困窮者のための公的な支援の情報を得るには、少なくても「生活困窮 相談 〇〇市」くらいまで検索ワードを入れないといけません。でも、困り事で気持ちに余裕がないときは、正しい検索ワードがすぐには浮かばない人は多いと思います。
「ソーシャルワーク相談室」は、そうした人たちが駆け込める、よろず相談窓口です。「お金がない」「子どもが学校に行かない」「学校に行くのがつらい」「飼っている猫が吐いちゃったけれど、どうしよう」など、どんな相談でも構いません。私がソーシャルワーカーとして困り事の整理整頓をし、相談先を決め、その場に同席するなど、伴走型の相談・支援を行います。行き先は役場やNPO、病院、警察、弁護士事務所など、さまざまです。
――KAKECOMIはどのように運営されているのでしょうか。
県や市からの事業委託金と寄付により、少数の事務スタッフとボランティアで運営しています。立ち上げの際はクラウドファンディングを使いましたが、現在の運営資金は企業や個人の寄付が中心です。大人がこども食堂で食事をするときには、お好きな額を支払うカンパもお願いしています。立ち上げ当初は飲食店の一角を間借りしていましたが、現在は一戸建てを借りて運営しています。
――鴻巣さんはスクールソーシャルワーカーでもあるのですよね。
はい。スクールソーシャルワーカーは、子どもの周りにいる大人が子どものつらさを察知し、「支援が必要だ」と判断して初めて依頼が来ます。でも、それだけでは大人が察知できない子どもの困り事を見過ごしてしまいます。
例えば、子どもが大人に不信感を抱いているような場合は、学校の先生に対しても相談したくないと考えています。また、子どもがつらさを感じていても、学校にいる間に表面化しなければ、学校の先生が気付くのは難しいでしょう。そうした状況にある限り、スクールソーシャルワーカーへの依頼は発生しないのです。
もし、学校の先生に「子どものつらさに気付くアンテナをもっと高く張って」と言っても、現状の業務量では無理です。全ての子どもにアンテナを張りつつ、全ての子どもにSOSを出してもらえる大人であり続けるのは難しいでしょう。かといって、この状況を放置しておけば、子どもの困り事は察知されないままになってしまいます。学校ではない場所で子どもたちと出会う空間がソーシャルワーカーには必要で、そのための空間、サードプレイスとしてのこども食堂を立ち上げたのです。
最近はスクールソーシャルワーカーとしての支援に携わりながら、こども食堂やサードプレイスの運営を手掛ける人も出てきています。スクールソーシャルワーカーの新しい動き方のモデルケースにもなるかもしれません。
【プロフィール】
鴻巣麻里香(こうのす・まりか) 非営利任意団体KAKECOMI代表。精神保健福祉士、スクールソーシャルワーカー。外国にルーツがあることを理由に差別やいじめを経験。ソーシャルワーカーとして医療機関に勤務後、東日本大震災の被災者・避難者支援を経て、2015年にKAKECOMIを立ち上げ、こども食堂とシェルター、相談室を運営。近著に『中学生の質問箱 思春期のしんどさってなんだろう? あなたと考えたいあなたを苦しめる社会の問題』(平凡社)がある。