子どもの居場所づくりや相談事業を展開し、スクールソーシャルワーカーも務める鴻巣麻里香さんは、大人社会の不安のしわ寄せが子どもに集中してしまっているように感じると話す。子どもの声を聴くには、そしてスクールソーシャルワーカーの活用を進めるには、どうすればよいのか。インタビューの最終回では、学校教育が抱える制度の課題などについて深掘りした。(全3回)
――今、貧困や虐待、いじめなど、日本の子どもたちが直面している困難をどのように捉えていますか。
社会全体が貧しくなると、不安な人が増えます。不安は排外的な感情につながりやすく、「他人が自分よりいい思いをするのが許せない」と、特定の社会的マイノリティーに対する差別的な言説がSNS上にあふれていきます。また、「多様性を尊重すべき」「いろいろあっていい」と言われる社会の中で、かえって失敗のない生き方や正解の生き方を探そうとする圧力が強まっているようにも思えます。
そうした社会的不安のしわ寄せが、最も弱い存在である子どもに「過度な抑圧」となって濃縮されているように思います。幸せになりたいなら「頭が良くなくてはいけない」「容姿は美しくなければならない」といったような「こうあらねばならない」といった強迫観念にさらされ、小学生のうちから「きれいになりたい」「整形したい」「痩せたい」と言う子どももいるほどです。
また、社会が貧しいと子どもが「消費のターゲット」と見なされます。正解の生き方を探そうとする心理を逆手に取って、「きれいになりたいなら、お金を使いましょう」「お金を使って努力をすれば、失敗のない生き方ができるよ」といったメッセージが市場にあふれています。美容整形の広告をよく見てみてください。ターゲットが大人ではなく、十代の子どもたちであるようなものも珍しくありません。
こうした社会構造の変化の中で、子どもに向けるまなざしが社会全体として貧しくなってきています。そうした前提を無視して、「扱いにくい子が増えた」「子どもがわがままになっている」と思うのは的外れでしょう。自分がしたいことを「したい」と言う権利、欲しいものを「欲しい」と主張する権利は誰にでもあるし、私自身は自分の考えを言える子が増えてきたことを肯定的に捉えています。
仮に子どものそうした主張が妥当なものでなければ、理由を話して不適切だと伝えればいいだけの話です。それなのに、ネガティブなレッテルを貼り付けてしまうのは、大人側の問題です。「わがままなことを言う」「面倒だ」「やっかいな子ばっかりだ」と感じるのであれば、それだけ子どもの声を聞ける大人が少なくなったと考えるべきでしょう。
そうはいっても、子どもの主張を受け止めるだけの精神的ゆとりが大人側にないのも確かです。でも、その原因や解決策を子どもに求めるのは違います。学校で起きている問題の多くは、大人の余裕のなさに起因すると考えます。
いわゆる「モンスターペアレント」の問題にしてもそうです。保護者の主張が不合理であれば「申し訳ありませんが、それはお受けできません」「今は時間がありませんから、その件については対応できません」と答えるだけでいいと思います。「モンスター」というレッテルを貼って「何が必要か」ではなく、クレームを避けることが対応の目的になり、結果的に「あの先生は対応してくれたのに」とクレームが入ることにもなってしまいます。
――福祉的な介入や支援を行うスクールソーシャルワーカーとより良い連携をしていくポイントは何でしょうか。
スクールソーシャルワーカーにはいろいろな人がいる、ということをまず知ってほしいと思います。同じ専門職でも、スクールカウンセラーの場合は心理学を専門に学び、心理職としての経験を積んだ人が配置されることが多いので、学校から見て「スクールカウンセラーに期待できること」が、ある程度イメージしやすい側面があります。
一方でスクールソーシャルワーカーの場合は、資質や経験にばらつきがあります。児童福祉を学んでいない人もいれば、現場経験のない人もいます。「福祉的介入を期待したのに、その子に勉強を教えているだけ」といった期待外れのソーシャルワーカーに当たってしまうこともあります。
まず、スクールソーシャルワーカーが何をする人なのかについての理解を深め、どの分野ならどのスクールソーシャルワーカーが得意なのかを教育委員会が把握した上で、学校とつなげていくことが大切だと思います。そして、派遣されたスクールソーシャルワーカーが機能しないときには、はっきりそのことを派遣元である教育委員会などに伝えてほしいのです。そうしないと、スクールソーシャルワーカーの質も高まりません。
学校の先生は、今いるスクールソーシャルワーカーに遠慮せず、やってほしいことを振ってみてください。そうすればスクールソーシャルワーカーが何をする人で、どこまでできるかが分かってくると思います。
先生方の中には「スクールソーシャルワーカーという人がいるのは分かるけれど、仕事を頼むには連絡や書類作成など手続きに時間がかかる。だったら自分で解決しよう」と思う人もいるでしょう。でも、「自分でやった方が早い」という壁を打破してほしいのです。
問題を先生だけで解決しようとすると、子どもの問題行動だけに着目して対応するパターンに陥りがちです。その子の背景に視点を移すことなく、とにかく問題行動をやめさせようと考えて指導してしまいます。そうではなく、「困った子どもは、困っている子ども」と捉えてほしいのです。
まずはスクールソーシャルワーカーに仕事を振ってみてください。その後、学校と信頼関係が築ければ、現場に素早く駆け付けることができますし、子どもと直接話すこともできるようになります。その意味ではスクールソーシャルワーカーがまず良い仕事をすること、そして学校からの信頼を得て、じわじわと現場に入っていくことが大切だと考えています。
「学校と良い関係を築きたい」というのは、多くのスクールソーシャルワーカーが心の底から願っていることです。それでも、何かがかみ合っていないと感じるのであれば、見ている景色が違うのだろうと思います。
もちろん、どちらが正しい、間違っているという話ではありません。先生から見た学校での子どもの捉えと、スクールソーシャルワーカーから見た子どもの捉えを出し合い、対話をしながら子どもへの理解の幅を広げていけたらいいなと思います。
【プロフィール】
鴻巣麻里香(こうのす・まりか) 非営利任意団体KAKECOMI代表。精神保健福祉士、スクールソーシャルワーカー。外国にルーツがあることを理由に差別やいじめを経験。ソーシャルワーカーとして医療機関に勤務後、東日本大震災の被災者・避難者支援を経て、2015年にKAKECOMIを立ち上げ、こども食堂とシェルター、相談室を運営。近著に『中学生の質問箱 思春期のしんどさってなんだろう? あなたと考えたいあなたを苦しめる社会の問題』(平凡社)がある。