岸田政権が掲げる「デジタル行財政改革」の一環としてはじまった「課題発掘対話」1回目が10月3日に開催された。今回のテーマは「教育」で、岸田文雄首相と河野太郎デジタル担当相が出席し、埼玉県戸田市教育委員会の戸ヶ﨑勤教育長、千葉大学教育学部の貞廣斎子教授と私が参加して意見交換を行った。
教育現場の課題を改善する上でデジタル技術をどのように活用すればいいのか。そのために必要な施策や実現を阻んでいる問題点は何か。本会合の内容からいくつか要点を紹介したい。
3人の意見で一致していたポイントの1つめは、多様な子どもの学びのニーズに応えるためにデジタル技術の活用は不可欠ということだ。その具体例として、戸ヶ﨑教育長は「デジタルの力で『誰一人取り残されない教育』を実現する」ための教育改革について説明した。戸田市教育委員会は産官学と積極的に連携し、リアルとデジタルの両面から不登校支援や特別支援教育を進めている。多様な学びの場の選択肢も増やし、どの場所にもオンライン参加できるシステムを構築。「リスクを恐れることが最大のリスク」といった学校側の意識改革も行い、1人1台端末を生かした学びのカルテや子どものSOS早期発見など教育データを利活用している。教師の経験や勘に頼る属人的な「暗黙知」を「形式知」へと転換して共有化するなど、教育総合データベースを整備した「教育政策シンクタンク」も立ち上げており、教育現場のデジタル化をリードする戸田市の取り組みは大いに参考になった。
私は、オンライン学習サービス「スタディサプリ」を導入している学校の学力調査の結果や、利用者側の視点からデジタル技術の活用例を伝えた。例えば名古屋市では、不登校児童生徒の学習支援にスタディサプリを導入したところ、参加した小中学生の約8割で自己肯定感が向上した。北海道紋別高校では、周辺に塾や予備校がなく学校内で幅広い学力の生徒に対応するためスタディサプリを導入、数学を中心に学力向上が認められ成績下位層が減少した。教員の作問や採点などの業務負担も軽減したため、進路指導や教材研究など本来やるべきことに時間を割けるようになった。徳島県美馬市立穴吹中学校でも、スタディサプリの活用をはじめて数カ月で、生徒の学びに向かう姿勢が変化し、勉強をやり抜く力の育成につながった。加えて、教員の業務負荷も軽減し、スムーズな授業進行が可能になったという結果も報告した。
貞廣教授は「全ての子どものウェルビーイングと自己実現が確保され、社会的に包摂されること。社会経済的環境に起因する教育格差が是正され、社会的公正が実現されること」の2つの利用者視点のゴールに到達する上で、デジタル技術に大きな可能性があると語った。教育者視点のゴールとしては、「学齢期から一生涯にわたるオーダーメードの学びを実現し、自ら学び続ける人材の育成」「テクノロジーを用いた学びとリアルな学び、個別の学びと協働での学びのベストミックスによる新たな学びの実現」などが示された。
一方で、デジタル化の実現を阻んでいる要因として、教員の業務量の多さと予算不足、人手不足、デジタル環境の自治体間格差や教育データの不足などに言及された。そして、これらの問題が解決しない限り、「教員が専門性の本丸である授業で勝負しきれない状況になってしまっている」という意見が出された。
民間企業では、業務の役割分担が一般的だが、学校の教員は校務も教務もAからZまで全て一人で担当しなければいけない。デジタル技術を活用すれば、教員の業務が大幅に軽減できるだけでなく、今強く求められている子どもたちのメンターやコーチとしての役割を担うことも可能になるだろう。
このようにデジタル化で実現できることはさまざまあるものの、動画も含めたデジタルコンテンツを最大限享受できるWi-Fi環境と、学校と家庭の学びのデータをシームレスでつなぐ環境の整備が大前提となる。しかし、デジタル活用における自治体の予算は限られているため、費用面がボトルネックになっているという声もよく聞く。今年度補正予算に盛り込まれた小中高の1人1台端末の更新費用についても課題発掘対話が行われた段階では自治体側は「どこが負担するのか」と戦々恐々となっていたため、「ハード・ソフト両面で政府にぜひ導入支援をしていただきたい」という要望もこの場を借りて伝えた。
こうした内容を受けて河野担当相は、「自治体間の格差について、政策は地方分権で行うものだが、フォーマットやインフラは統一的にやったほうが効率的。その切り分けが大事だ」「教員の負担軽減について、数字的に効果が出ているシステムもあるが、財政的な予算が足りずそれを導入できないという悲鳴にも似た声もあったため、そういう問題をどのようにクリアしていかなければいけないのかしっかり向き合っていきたい」といった所感を述べていた。今後の「デジタル行財政改革」の動向に期待したい。
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私はスタディサプリ教育AI研究所所長としてオンライン学習サービスに携わり、さまざまな場所で教育に関する講演を行ったり、大学教員としても学生に講義したりするなど、さまざまな角度から教育に携わってきた。私自身、高校1年生の子どもがいて、育児を通して学びの多い日々を過ごしている。仕事柄、教員との直接のやり取りも多く、要望や意見をいただくこともたくさんある。本欄では、読者である教員のみなさんに教育の現状に関する情報を伝えることで、皆さんの何か新しい気付きとなったり、学びのきっかけになったりすれば幸いと思い、寄稿させていただきたい。