小学校教員を退職後、落語教育家として出前授業などで精力的に全国を回り続けている「楽亭じゅげむ」こと小幡七海さん。「笑い教育を義務教育にしたい」と語るじゅげむさんに、インタビューの最終回では「どんなことも笑いに変える力」の育成を目指す活動に込めた期待や願いを聞いた。(全3回)
――授業で「小噺(こばなし)に失敗を3つ入れよう」と伝えていました。どのような意図なのでしょうか。
私は「失敗を笑いに変える」ことが、子どもの成長にはとても重要だと思っています。その素晴らしさを落語を通して感じてもらいたいと思って、出前授業ではいつも「失敗を生かす」という学びを取り入れています。
「失敗した」と感じると、子どもは自分を責めたり、他人を否定したりしてしまいがちです。それをやめて、笑いに変えてみる。落語でそのコツをつかんで、日常に生かしてほしいと思っています。
――特に近年、「子どもが失敗やミスを必要以上に嫌がるようになった」という話を聞くようになりました。
私が小学校教員をしていた時にも、そういう場面がよく見られました。例えば、図工の授業で犬の作品を作った子に、他の子が「猫じゃん」と言ったら、その子はもうボロボロに泣きだしてしまったんです。周囲から見れば、「猫じゃん」という言葉は明らかに冗談のボケだったのですが…。
小学校教員だった頃はこういった小さなトラブルがしょっちゅう起きていて、私がその仲裁に入らなければならず、子どもだけで解決できないケースがほとんどでした。
でも、誰かが「猫じゃん」とボケたら、他の誰かがツッコんで笑いに変えることができれば、新たなコミュニケーションが生まれます。そうやって、失敗や日常のささやかなミスを面白がる力を学べる「笑いの教科書」のようなものが必要だと、強く感じるようになりました。
――じゅげむさんが関西で生まれ育ち、小さい頃から笑いが大好きで、大学から落語に没頭していたというのも大きいのでしょうね。
そうかもしれません。「笑いに変える教材が必要だ」という思いは日々強くなり、教員生活が多忙で余裕がなかったこともあって、1年で教員をやめるという決意をしたんです。
目指したのは、どんなことも笑いに変える力を子どもたちに育むことです。もっとお笑いの視点をもって、広い視野で物事を面白がる発想を育てられたら、コミュニケーションの幅が広がって、将来の可能性が広がるんじゃないかと思いました。
そういう多角的な視点を育むには、「落語」がぴったりだと思ったんです。そうして落語教育家になろうと決めました。
――じゅげむさんのような「落語教育家」ではなく、いわゆる噺家(はなしか)さんである落語家を招いての出前授業は広く実施されています。何が違うのでしょうか。
落語の面白さを伝え、伝統芸能としての素晴らしさを伝えるのが落語家さんのお仕事です。私の「落語教育」の授業は、実際に児童生徒の皆さんに落語の実践をしてもらう時間をたくさんつくります。「どうやったらもっと面白くなるか。お客さんに笑ってもらえるか」と工夫する方法を考えて表現してみることで、人を傷つける笑いと喜ばせる笑いの違いを学び、コミュニケーションの中で使う笑いが変わるのではないかと考えたのです。
落語には、いつも失敗をしてしまうキャラクターがよく出てきます。私はそれを「はみ出し者」と呼んでいます。落語の世界で「はみ出し者」は嫌われたりのけ者にされたりすることはなく、周囲の人たちに面白がられ、受け入れられています。そんな「はみ出し者」とそれを面白がる周りの人たちのマインドを学ぶことで、今まで「失敗だ」と落ち込んでいたことが笑いになったり、「短所だ」と思っていたことが個性になったりするのだと思っています。
――立川談志師匠の落語に「おきて破りのはみ出し者」という演目があります。「仕事も人間関係も生き苦しい人は、落語の『粗忽(そこつ)者』の思考を学ぶといい」という話をされることもあり、今の時代に求められるマインドなのだと感じました。とはいえ、落語教育家になると決意して新しい道を切り開くのは、勇気のいることです。
小学校教員になった年の8月には退職を決めていたのですが、両親には反対されました。収入や福利厚生の面で安定している公務員という身分を捨てることに、不安があったようです。でも私は「やりたいことに時間を費やし、自分が納得する形で人を笑顔にする仕事をしたい!」と思いました。12月には両親も理解してくれて、管理職にも退職の旨を伝えました。
決断の支えになったものの一つは、大学時代に小学校で落語クラブをつくっている先生と出会ったことでした。落語をして自信を付けた子どもたちの中には、実際に学校でいじめを受けなくなったり、「落語が楽しい」という理由で登校できるようになったりした子がいたんです。
私も、いじめや不登校、自殺などの悲しい出来事がなくなることを願っています。そして、笑いの力で子どものコミュニケーションの幅を広げて、自分自身のことをもっと好きになれるようにと思い、日々活動しています。
――退職して花まる学習会に勤めた後、起業したのですよね。
はい。「笑い教育を義務教育化すること」をミッションに、より大きく活動していくために法人化しました。設立は2022年1月で、「Lauqhter(ラクター)」と名付けました。「みんなで落語を演じよう」との意味を込め、笑いを意味する「ラフター」に、演じ手を表す「アクター」をからめた造語です。
同じ願いを共有する仲間と一緒に設立し、その後もメンバーが増え、今は7人の講師がいます。元校長の「たばてぃ」こと田畑栄一さんもその一人で、校長だった時から「いじめ・不登校・自殺のない、子どもたちが生き生きと笑って学べる学校」を目指して、教育漫才を実践されていた人です。
学校の様子を見たいと思い、お邪魔した時にラクターの理念に共感していただけ、今年3月に校長を退職された後、すぐ仲間になってくださいました。現在は「教育コンサルタント」として、講演や研修講師、執筆などをされています。
私は今の仕事を天職だと思っています。落語のキャラクターは強欲だったり知ったかぶりだったりと欠点も多いのですが、憎めない人たちばかりです。そういう「はみ出し者」のマインドで、子どもたちが自分の欠点をも個性として好きになれるよう、「笑い教育」の普及に向けてこれからも動き続けていきます。
【プロフィール】
楽亭じゅげむ、小幡七海(らくてい・じゅげむ、おばた・ななみ) Lauqhter代表理事。大学を卒業後、小学校教諭に。退職後、「花まる学習会」で働きながら落語を使った教育事業に携わった後、Lauqhterを設立。独自に落語教材を開発し、出前授業や研修の講師などとして、3年間で4500人に落語教育を実施してきた。第14回全日本学生落語選手権策伝大賞優勝、「TOKYO STARTUP GATEWAY 2021」セミファイナリスト。