2023年12月に文科省が公表した「公立学校教職員の人事行政状況調査」によると、22年度に精神疾患で休職した教員は6539人、在職者に占める割合は0.71%と、過去最多になった。23年4月1日時点での休職発令後の状況は、復職が39.9%、引き続き休職が40.7%、退職が19.4%となっている。この数字を見れば、教員になりたくても躊躇(ちゅうちょ)することも分かる。続いて公表された22年度の教員採用選考の倍率は過去最低を更新した。
学校現場の厳しい状況は既に限界を超えている。多くの学校は毎日が綱渡り状態なのだ。
心身に不調を感じても、休めば同僚に迷惑がかかると思ってなかなか受診できない教員がいる。心身の不調を感じている余裕もなく、仕事に追われている教員もいる。管理職が教員の不調や異変に気付かない場合も少なくない。やっと受診して休職することになっても、すぐに後任が配置されるわけではない。配置されるまでの間は他の教員や管理職が分担することになるが、東京都の小学校では、副校長が担任を兼務していることは珍しくない。少人数指導を止めて加配教員を担任にさせることもあり、22年度は欠員のまま年度末を迎えた学校もあった。結局、授業時数や事務量が増え、皆が疲弊し、心の安定が保たれられなくなる。そして、次々と教員が倒れていく。
この連鎖を止めるには、精神疾患の主な原因となるストレスを軽減して精神的安定を図ること、さらに定数改善をセットで考えるべきである。
精神的安定のための方策の一つが複数担任制である。特に小学校で有効な手法であるが、中学校でも担任を固定しない学校が出てきた。山形県では、新採教員を教科担任兼学級副担任として1人で担任をさせない取り組みが始まっている。東京都でも、10年から新採教員一部を学級経営研修生として、再任用教員らとペアで担任をする制度が始まっていて、いずれも効果が出ている。
どんな仕事でも見習い期間があり、その期間に仕事を覚えていく。教員の条件付き採用期間がそれにあたるのだろうが、他の教員と同じように担任として子どもたちの前に立っており、保護者からも「先生」として見られる。この仕組みを考え直すべきだ。そのためにも、養成・採用・研修を一体的に再構築する必要がある。
複数担任制のよさは、保護者や子どもたちに複数で対応できることである。保護者の高圧的な言動や理不尽な申し入れ、長時間の電話対応など、保護者対応が精神疾患の大きな要因になっている。相手には共感を求めるのに他者には共感しない保護者、自子中心主義の保護者、不寛容な社会も学校に厳しい。学校は何でも聞き入れることを止めるときが来ている。行政や企業でも対応が進んでいるカスタマーズ・ハラスメント(カスハラ)の概念を学校にも取り入れるべきである。
明らかな教員への人権侵害や業務を妨害するような言動は、そのことを相手に認識させる必要がある。特殊詐欺対応電話やカスタマーセンターのように、学校の電話にも自動録音機能を付けるべきだ。「学校教育の質改善のため、この電話内容は録音されます」と断った上で、実際に録音しておく。それだけでも、保護者を冷静にさせるのではないだろうか。教育委員会の判断ですぐにでもできることだ。
24年度予算で、小学校の1665人の純増が決まった。実に13年ぶりの純増となるが、公立小学校は約19000校、実感は薄い。超高齢社会にあって社会保障費の割合が増えることも、どの職種でも人手不足なのも分かる。しかし、さまざまな支出額を目にする度に、つくづく教育にお金をかけない国だと思ってしまう。
人口減少社会の日本の将来は子どもたちにかかっている。教育の質の向上も少子化対策の重要施策ではないか。加配という小手先の施策ではなく、標準法改正による恒常的な定数改善が必要だ。財務官僚も自らの目で学校の現状を見るべきだ。
教員の厳しい状況は、教員だけの問題ではない。全て子どもたちの教育に反映される社会の問題だ。教育の質の向上は教員一人一人に委ねられているのである。より良い学校教育を通してより良い社会を創るという社会に開かれた教育課程の理念はどこにいったのか。教育振興基本計画に盛り込まれた教員のウェルビーイングもむなしい。
これだけ皆が声をあげても何も変わらないのはなぜか。この学校の厳しい状況を変えられるのは一体誰なのか。真剣に考えている。