【学校らしくない学校での3年】 学びの多様化学校での戸惑い

【学校らしくない学校での3年】 学びの多様化学校での戸惑い
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 岐阜駅からほど近い場所に2021年に開校した岐阜市立草潤中学校は、学びの多様化学校(不登校特例校)として「授業は学校でも自宅でオンラインでもOK」「登校はしてもしなくてもOK」「担任は生徒の選択制」「時間割は生徒と相談して決める」「職員室は生徒に開放」など、「学校らしくない学校」として注目を集めている。開校から3年、当初は「戸惑いの連続だった」と語る教務主任の中今純一教諭に、草潤中学校のこれまでとこれからを聞いた。(全3回)

今までのやり方が一気に崩れた1年目

――開校してからの約3年を振り返ってみて、どのように感じていますか。

 毎年、新しく入学してくる生徒や転入してくる生徒は、最初は緊張感もあって慣れるまで時間がかかります。でも、3年前の開校時に1年生だった今の3年生を見ると、入ってきた頃とは明らかに表情が違います。

 先日、希望者を対象に、生徒・保護者・職員の三者で対話をするイベントを行いました。学校主催のイベントは全て強制参加ではないのですが、7割近くが参加してくれました。ランダムに6~7人のグループをつくり、生徒と保護者と職員がごちゃ交ぜになって、中学校の今と未来について、「学校は、こういうことがちょっと変わると良くなるよね」などということをざっくばらんに話し合いました。

 予想以上に生徒たち自身が意見を言う場面がたくさんあって、やはり安心しているからこそ自己表現ができるんだと思います。もちろん、全員が話せるわけじゃありませんが、全体的な子どもの変化としては、自分の気持ちを話せるようになってきたように感じています。

3年目の生徒たちは、入学当初と明らかに表情が変わったという=撮影:大川原通之
3年目の生徒たちは、入学当初と明らかに表情が変わったという=撮影:大川原通之

――自身としては、3年間をどう振り返りますか。

 開校1年目は、今までの学校と全然違うこともあって、やはり戸惑いがありました。基本的なコンセプトが示されたものの、運用は職員たちに委ねられていました。生徒たちとどう関わるのか、授業も今までの授業からどのように変えるのか、その場その場で職員と話し合いながら取り組んできました。

 最初の頃は、過去の生徒たちに対する見方、「子ども観」が一気に崩れました。「子どもはこういうふうに育てなくちゃいけない」とか「子どもにはこういう力を付けさせなきゃいけない」などといった経験値に基づく対応を想定していましたが、それがほとんど通用しませんでした。そうした経験則に当てはめて考えてはいけないんだということを、1年目に実感しました。

 「自分の考え方を変えなければ」というのは、たぶん私だけではなく、ベテランも若手も同じでした。だからこそ、職員みんなでなんとか一緒に相談しながら乗り切っていこうという意識につながったと思います。今もその都度、試行錯誤しながら取り組んでいます。

 一番大事なのは生徒理解、子どものことをちゃんと把握していないと、うまく進まないということです。それは多分、本校だからではなく、どの学校にも言えることだと感じています。

 子どもの状況や思い、願い、家庭の環境は、本当に一人一人違うんだなと思います。その部分が把握・理解できていないと、その子に適した支援が見えてきません。「1年生にはこれ」「2年生にはこれ」といったステレオタイプなものではない、「個別最適」な支援の在り方を、身をもって勉強させてもらっています。

 今までの勤務校でもずっと担任をやってきて、自分なりにはクラスの子どもたちのことを理解してやってきたつもりでしたが、理解が浅かったなと反省もしました。

当初は「戸惑いの連続だった」と振り返る=撮影:大川原通之
当初は「戸惑いの連続だった」と振り返る=撮影:大川原通之

良かれと思った声掛けが裏目に

――草潤中学校の教職員は、みんな希望して異動してきたとのことですね。先生方も当然、「今までとは違う」と思って着任されたと思いますが、それでも始まってみると戸惑いが大きかったのでしょうか。

 そうですね。職員は毎日、放課後に話し合っていました。「今日、こうやって声を掛けたら子どもが帰っちゃった」とか「授業でどう対応したらいいか分からなかった」とか、そんなことの連発でした。若手もベテランも同じで、不登校について専門的に関わってきた人は一人もいなかったので、どうしたらいいかと迷うことの連続でした。

 大人が良かれと思ってやったことが逆効果になることも、たくさんありました。例えば、学校には来るけど教室には入れず、授業に参加できずに図書館で本を読んでいる子がいました。その子に声を掛けて、「お母さんはどう?」とか「兄弟はいるの?」とか、何人かの職員が良かれと思って声を掛けていたんです。でも、その子は一人でいたかったのか、大人から声を掛けられて苦しくなってしまい、学校に来られなくなったことがありました。

 これはほんの一例で、そういうことが1年目はたくさんありました。その子は後々になってお母さんに「嫌だったんだ」と話して、お母さん経由でその子の気持ちを理解することができました。

 こちらが尋ねたことに対し、子どもがしゃべってくれるようなら子ども理解は進みますが、決して自分の気持ちを表現することが得意な子ばかりではありません。だから保護者と連携したり、他の友達から聞いたり、職員がいろいろな関わりの中で集めた情報を共有して、「この子って、こういう面があるんだ」「こんなこと言ってたんだ」「実はこう思ってたんだ」などといったことがだんだんと見えてきました。その上で「じゃあこの子には、こういうときにはこの接し方でいこう」「これを準備しよう」などといった形で、話し合いを重ねています。

1年目は教員が放課後に毎日話し合っていたと語る=撮影:大川原通之
1年目は教員が放課後に毎日話し合っていたと語る=撮影:大川原通之

――そうして一人の生徒を理解することの大変さを聞くと、果たして普通の中学校で生徒一人一人の理解がきちんとできているのだろうかと感じてしまいます。

 本当にその通りです。学校では、どちらかといえば目立った子、ちょっと配慮が必要な子、支援が必要な子の名前が挙がって、そういう子を対象に話し合いをしたり、対応を考えたりしています。でも、そうではない子たち、一般的には特に表立った問題がないような子については、職員同士で話し合うような機会がなかなか持てません。

 そういう子どもたちが実際にどう思っているのか、本音がどうなのかは全て理解しているとは言い切れません。実際、普通の学校で全ての子にきめ細やかな対応ができるかというと、なかなか難しいでしょう。それでも、どの学校においてもじっくりと子どもたちと向き合い、職員間で話し合うことが必要なのだと思っています。

【プロフィール】

中今純一(なかいま・じゅんいち) 社会科の教員として、岐阜県内の小中学校で教壇に立つ。学びの多様化学校である岐阜市立草潤中学校の設置に際して勤務を希望し、立ち上げに参画。現在、教務主任を務める。また、2022年度から福井大学連合教職大学院で「個別最適な学び」と「職員の同僚性」をテーマに学んでいる。

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