筆者の知人に中国から移住してきた家族がいる。彼らが日本に移住する決断をした理由の一つが、子供の教育問題だ。子供は現在、日本の公立小学校に通っている。両親は、子供をずっと日本で教育する計画だという。将来は、日本か中国の大学に進学させるつもりとのことだ。彼らは、日本の国籍を取れば、中国の良い大学に進学(留学)できるという。また中国の国籍を持っていれば、日本の良い大学に進学(留学)できると語っていた。中国の受験競争は想像を絶するほど厳しい。深夜まで勉強を強いられ、日本のように授業後、クラブ活動に参加したり、習い事をしたりする時間的な余裕はない。ましてや人格教育など望むべくもないというのが、母親の話である。そうした中国の教育から子供を守るために、日本に移住する決意をしたのだという。
北京大学など有名な大学に入学しなければ、将来の成功はおぼつかない。有名大学に入学するには「高考」という統一試験で良い成績を取る必要がある。中国人の子供の母親は「成績が悪いと普通学校には進学できない。職業学校を選ぶことになる。早い時点で選択を強いられることになる」と話していた。中国政府の国務院の資料には「中国では職業教育を学問的により劣っていると見なす傾向がある。家族にとって子供が専門学校や職業学校に通うことは、普通の学校に進学できないという“絶望”から生まれた選択と見なされることがある」(資料:2021年6月11日、「中国は職業教育の促進に力を入れている」)と書かれている。
中国政府は「Double First university Plan」に基づき、大学教育の拡充に力を入れてきた。その結果、清華大学や北京大学など世界のトップ大学を作りだしてきた。同時に職業学校の拡充にも力を入れている。22年時点で公立の大学は2760校ある。その内訳は一般大学が1239校、職業大学が1489校で、数から言えば、職業大学の方が多い。一般大学が4年制であるのに対して、職業大学は3年制である。18年の職業学校は1万1700校あり、大学レベルの職業学校は1418校、高校レベルの職業学校は1万300校ある。前述の国務院の資料は「統計では、職業教育機関でスキルを習得する学生は毎年3088万人に達している」と説明している。
中国の職業教育は中学校から始まる。中国共産党と国務院は「職業教育の形成ガイダンス」を発表しており、「小中生にキャリアプランニングの意識を養うため、職業教育の形成コースを受講する」ことを義務付けている。21年6月に「職業教育に関する法律」が改正され、職業教育がさらに促進されることになった。北京社会行政学院の研究者は「職業教育に対する人々の認識を変えるには時間がかかる。学生にとって大切なことは、社会で足場を固めるための真のスキルを身に付けることだ。政府が職業教育にもっと投資をして、学生を支援すべきだ」と語っている。
中国政府は、経済成長を推進する上で熟練労働者が重要な役割を果たすとして、職業教育のために産学連携やカリキュラムを近代化するTVET(Technical and Vocational Education and Training:技術職業教育訓練)に力を入れてきており、22年10月の第20回共産党全国大会で新たな職業教育の改革を打ち出した。その狙いは「実践的な訓練と実社会での経験を通して職業教育の質的向上を果たすために、実践センターを建設する」ことである。具体的には、2025年までに約300の国立訓練センターと、省と市町村での地域訓練センターを建設する計画が打ち出された。さらに教科書、教材、高度な技術、質の高い教育リソースの提供を目指している。職業教育の教育内容、教授法、インターンシップに焦点を当てた30の職業教育基準も設定される予定である。
『China Daily』は2月4日、「職業教育の明るい未来」と題する記事を掲載し、「職業教育の質の高い発展を促進する。製造基盤を強化し、産業のグレードアップに対する急増する需要を満たしている」と、中国政府の取り組みを評価している。さらに同記事は、職業教育拡充は「人口の高齢化に伴う喫緊の課題である」と指摘している。政府の教育部は「中国は既に世界最大の職業教育システムを開発している。職業学校は1200の専門コースを提供し、毎年1000万人以上の職業の専門家を要請している」と、その成果を誇っている。
23年7月18日に教育部は「現代の職業教育システムの構築と改革を加速するための11の重要課題」を発表している。11の課題とは、①市全体の産学連携コンソーシアムの構築②産学融合のコミュニティーの構築③産学融合のための開かれた地域実践拠点の構築④職業教育のための教材ライブラリーの継続構築⑤職業教育情報化のベンチマーク校の構築⑥職業教育のための実証仮想シミュレーション訓練拠点の構築⑦職業教育の第1級基幹コースの設定⑧職業教育のための質の高い教材の作成⑨職業教育における学校と企業の提携のため実践プロジェクトの構築⑩国際的な影響力を持つ職業教育の基準、資源、設備の建設⑪国際化の進んだ専門学校の建設――である。
ただ、中国政府が掲げる野心的な目的以外にも、職業教育の重視は最近の中国の深刻な状況を反映したものだと思われる。現在、中国の若者の失業率は極めて高い。急速に大学を増やしたことで、大学を卒業しても就職口がない慢性的な事態となっている。職業教育を充実させることは、そうした問題を緩和する道でもある。そうした政府の狙いとは別に、上述のように、多くの両親は、職業教育重視は新たな「子供の選別方法」だと受け取っているようだ。中学の段階から「職業初中」と呼ばれる職業学校が設置されている。