現場を離れたとはいえ心はいつも学校にある。今年も卒業シーズンがやってきた。卒業式で巣立っていく卒業生に何を伝えるか。校長は彼らと過ごした日々を振り返り、行く末を思いながらはなむけの言葉を考える。今も忘れられない式辞がある。教え子A子とその母親のことを卒業生に伝えたかった。
A子の母親は左目が不自由だった。それは生まれつきのものではなく、A子の姉がお腹にいるとき、血圧異常のために姉を産むことは失明の恐れがあると医者から宣告された。しかし、彼女は迷うことなく出産を選び、左目を失った。そんなハンディキャップを抱えながらもPTA役員として懸命に頑張っている姿が印象に残っている。不幸はさらに彼女を襲う。「悪性黒色腫」という難病に侵され命を落としてしまうのだ。
亡き母を想うA子の作文を紹介する。「私の誕生日を楽しみにしていた母は、間もなくこの世を去りました。私はこの世のすべてのものを恨みたい気持ちでいっぱいでした。『お母さんを返して』と何度涙を流したことか分かりません。私は今年中学生になりました。この姿を一目でいいから母に見せたかったと思います。私の母は、自分の背負った不幸を幸せに変えようといつも精いっぱい生きていました。苦しさを少しも見せず、笑顔を絶やさず、それが母の生き方だったと今しみじみと感じています。母の遺してくれたもの―それは精いっぱい生きる心です。私はこれを支えにして母の生き方に一歩一歩近づいていきたいです」。
過酷な運命を受け入れ、力強く生きることの意味を、身をもってわが子に示した母。そして、母の生き方に少しでも近づきたいと母の背中を追うA子とを、確かな心の絆が結んでいる。
どれだけ自分が愛され、大切に育まれてきたかを知り、今こそ素直に「親への感謝」の気持ちを表してほしいと式辞に込めた。
今年も県内小中学校で約14万人の卒業生が巣立っていく。彼らに幸多からんことを心から祈る。