芸能人やスポーツ選手の薬物使用のニュースが珍しいものではなくなっている今、学校関係者や保護者が心配するのは子どもたちへの影響だ。依存症問題専門のNPO法人で「依存症予防教育アドバイザー」として講演活動などを行う風間暁さんは、薬物依存症の当事者でもある。昨年秋に依存症のリアルと回復過程を伝える『専門家と回復者に聞く 学校で教えてくれない本当の依存症』(松本俊彦・田中紀子監修、合同出版)を上梓し、現在の薬物乱用防止教育に一石を投じている。本書を通して伝えたかったメッセージとは――。(全3回)
――本を出そうと思ったきっかけは何だったのですか。
私は現在、依存問題を予防して回復を助けるNPO法人ASK(アルコール薬物問題全国市民協会)認定の「依存症予防教育アドバイザー」として高校や大学などに講師として派遣され、薬物やアルコール、ギャンブルなどの依存症についての正しい知識と、感情の対処などを伝える啓発活動を行っています。
私自身が薬物依存症の当事者だった経験から、「回復過程を本に書いてみては」とは言われていたのですが、一人の当事者の語りが独り歩きするような形は避けたいと思ってきました。当事者は多様で、10人いれば10人の体験や考え方、回復の過程があるからです。そこで、依存症の親を持つサトルとアキという2人の子どもを主人公にして、彼らが専門家や支援者、自助グループの当事者たちと出会いながら、依存症にまつわる正しい情報や体験、知識を身に付けていく物語にしようと考えました。
ストーリーは、私が依存症という病気から回復していく過程をそのままたどったものとも言えます。自助グループやSNSなどでのつながりができて、仲間ができた安心感を積み重ねていきながら、依存症予防にも役立つさまざまなライフスキルを学んでいくというものです。「こんなことが役に立った」とか、社会一般で語られていることとは「違うのではないか」という疑問を盛り込み、実際に依存症当事者やその家族、いろいろな立場の子どもたちと対話を重ねながら書いたので、リアルな内容にすることができたと思います。
漫画と会話の形式にしたのは、子どもから大人まで、不安なときや気持ちが落ち込んでいるときでも一気に読めるようにしたいと思ったからです。分からない言葉があって調べる必要があるような文章では、読み進めるのが難しいですからね。書体もUDフォントを使いました。おかげさまで、出版後には学生が「書架に置いてほしい」と図書館にリクエストを寄せてくれていると聞いています。
――精神科医で依存症が専門の松本俊彦さんと、「ギャンブル依存症問題を考える会」代表の田中紀子さんは監修者であり、本の中にも登場しますね。
お二人とは、私自身が回復していく過程で出会いました。松本先生は私の現在の主治医です。また、田中さんは依存症予防教育アドバイザー養成講座を受講していた時の講師でした。特に田中さんはその存在感に圧倒されながらも「この人も依存症からの回復者なんだな」と思ったとき、勇気をもらいました。本の中でお二人には、サトルとアキが依存症について抱く疑問に答えたり、いろいろな人たちに出会う前のきっかけを提供したりする専門家、だけれどフラットに関われる大人として登場してもらいました。
――風間さんは、現在の薬物乱用防止教室は変えていく必要があると考えているそうですね。
現在、学校の薬物乱用防止教室で行われている「ダメ・ゼッタイ」というメッセージを前面に出した指導は、私が回復過程で言われて効果がなかったことのオンパレードなんです。「一度薬物を使ったら二度とやめられない」「普通の人間には戻れないから手を出してはいけない」など、薬物依存の当事者をまるでゾンビのような恐ろしい描写で語っているんです。
それを聞いた子どもはどう思うでしょうか。親が依存症だったら「うちの親は薬物を使ってしまったんだから、もう普通の人間には戻れない」と思うでしょうし、もし子ども自身が薬物を使っている場合、「自分はもう普通の人間ではないということ。だったらもう法律を守る必要なんてないんじゃないか」などと自暴自棄になる子もいるのではないでしょうか。私自身が味わってきたそんな思いを、今の子どもたちにさせたくないという気持ちが強くあるのです。
依存症予防教育には、薬物を使用することを防ぐ一次予防、依存症の進行を防ぐ二次予防、再発を防ぐ三次予防の3つの柱があります。薬物乱用防止教室はこのうちの一次予防のみを強調している点が問題だと考えています。
なぜ薬物を使わない方がいいのかを子ども自身が考え、知識や情報を得られるようにすべきなのです。本の中では「アルコールはなぜ子どもは駄目で、大人はいいのか」「カフェインは薬物ではないのか」といった疑問にも答えています。
――最近では小学生が市販薬の過剰摂取(オーバードーズ)で救急搬送されるなど低年齢化が問題になっていますが、風間さんはどう見ていますか。
正直に言うと「低年齢化」はしていないのではないか、という感覚を持っています。昭和の時代にはシンナーが使われ、それが規制されてからはガス、後にアルコールと手に入りやすいものへと移っていっただけで、小学生の子どもが薬物を使うことは昔からあったのではないでしょうか。私も小学生から薬物を使っていましたし。今、子どもたちが入手しやすいのは市販薬であり、メディアやSNSなどで情報が広がりやすくなったので、顕在化しただけだと思います。
市販薬は合法な薬なので、多くの人たちにとっては驚きがあると思います。ただし、有害性という意味でいうと、あらゆる違法薬物よりもアルコールの方が、暴力など他者に害を及ぼす割合がはるかに高いことが、医学雑誌『ランセット』に掲載されています。
確かに私は薬物を使っていたとき、他人に直接的な危害を加えたことはありませんでした。私のことを大事に思っていた友達は「やめてほしい」と内心傷ついていたかもしれませんし、真夜中に電話をかけたりして迷惑は掛けましたが・・・。でも、私の場合もアルコールを飲むと暴言・暴力が出やすくなりました。それでお酒もやめました。
かつてテレビドラマなどで、覚醒剤を使用した人がナイフを振り回すような描写がありました。あれは経験者だった私から見ても全くのうそです。確かに悪酔いのようになって被害妄想的になることはありますが、ああも暴力的になるのはアルコールです。違法薬物に対する先入観や誤った知識が、薬物依存症の人やその周囲への差別を助長してしまう点に、多くの人が気付いていないように思います。そして、多くの人が、お酒にだけは甘過ぎます。
【プロフィール】
風間暁(かざま・あかつき) 特定非営利活動法人ASK(アルコール薬物問題全国市民協会)社会対策部。ASK認定依存症予防教育アドバイザー。保護司。自らの経験をもとに、依存症と逆境的小児期体験の予防啓発と、依存症者や問題行動のある子ども・若者に対する差別と偏見を是正する講演や政策提言などを行っている。2020年度「こころのバリアフリー賞」を個人受賞。共著に『「助けて」が言えない 子ども編』(松本俊彦編著、日本評論社、2023)など。