各学校ではこれまでも視覚障害者を招いて話を聞いたり、車椅子体験をしたりするなど、さまざまな障害理解教育のプログラムが実施されてきた。しかし、そのほとんどは「その場限りの非日常的な体験」になりがちだという課題がある。そうした中、1月末に大阪府教育委員会とベネッセこども基金が、障害理解の推進と指導の充実を図るために連携協定を締結した。同時に障害理解教育研修会として、同府内教委の指導主事らがダイアログ・イン・ザ・ダーク(暗闇での対話)を体験。障害の有無にかかわらず対等な関係性になるダイアログ・イン・ザ・ダークの体験で、指導主事らは何を感じ、何を学んだのか。新たな障害理解教育を模索する動きを取材した。
「かわいそうだと思った」「今度、助けてあげようと思った」━━。
これは視覚障害者を学校に招いた際の子どもたちの感想だという。ベネッセこども基金の青木智宏事務局長は「現状の障害理解教育では、障害のある人との上下関係や分断を生んでしまっているのではないか」と危機感を示す。「もっとその人のことを知りたい、友達になりたいと思うような、障害理解教育のモデルを広めたい」と力を込める。
大阪府はこれまでも「ともに学び、ともに育つ」教育を基本として、障害のある児童生徒なども同じ教室で学ぶ環境を築いてきた。しかし、同府教育庁市町村教育室の桝田千佳室長は「クラスで接している中で学ぶこともあるけれども、理解しきれない子もいるのが現実だ。お互いを理解するということは、多様性の中で大きな課題だと感じている。子どもの心に届くことをもっとやっていかなければならない」と話す。
教員研修においても、これまでは知識を得る研修になりがちだったといい、「もっと教員たちの感性に訴え掛けるような研修がしたい」と考え、実現したのがダイアログ・イン・ザ・ダーク体験だった。
ダイアログ・イン・ザ・ダークとは、完全に光を遮断した「純度100%の暗闇」の中で、視覚障害者の案内により、視覚以外のさまざまな感覚やコミュニケーションを楽しむソーシャル・エンターテイメント。今回は(一社)ダイアローグ・ジャパン・ソサエティの協力を得て、高槻城公園芸術文化劇場内に特別に純度100%の暗闇を設営し、研修会が実現した。
研修会は1月末に2日にわたって行われ、初日に参加したのは大阪府教育庁や市町村教委の指導主事ら10人。全員がダイアログ・イン・ザ・ダークは初体験だった。まず視覚障害者のアテンドスタッフから、これから行われる体験内容について説明があった。途中、スタッフが呼び掛けても、声を出さず、ただうなずいていた参加者。するとスタッフから「ん? 皆さん元気ですか?」と声が掛かる。そこで「はっ」と気付いた参加者たち。すぐに「はい」「分かりました」と声を出して返事をした。
この日は2チームに分かれて、暗闇の中で運動会を行った。競技は玉入れとフォークダンス。果たして暗闇でそんなことができるのだろうか━━。指導主事らは一様に硬い表情のまま、白杖を手に体験会場へ向かっていった。
しかし、約90分のダイアログ・イン・ザ・ダーク体験から戻ってきた参加者らの表情は、一変していた。暗闇の中での玉入れは難しかったようで、「どこが籠なのか、その高さに投げられているのか難しかった」「床に落ちている玉を探したが、なかなか見つからなかったよね」などと、盛り上がっていた。
その後、別会場でアテンドスタッフと共に体験を振り返った。「不安だった」と語る参加者もいれば、「本当に真っ暗闇だけれども、そこに居てくれる、聞いてくれている感覚があった」「見えていないはずなのに、どこに誰がいて、寝転んでいることなどが分かるようになっていった」「とにかく声を出して、声で自分の行動や気持ちを伝えるようにした」「いかに自分がこれまで視覚に頼っていたのかが分かった」「見えない時の方が、先入観なしに関われた」といった新たな気付きを興奮気味に語る参加者が多かった。
そうした参加者の様子に青木事務局長は「ダイアログ・イン・ザ・ダークの体験によって、普段、合理的配慮をする側の先生たちが、される側になって気付くことも多い」と話す。事前にダイアログ・イン・ザ・ダークを体験していた桝田室長も「暗闇に入った途端、自分が声を出して周りの人を頼っていかないと、と思った。頼っていいんだな、ということを短い時間でも感じられた」と強調する。
今回の研修会には、インクルージョンに向けた実践や研究に取り組む(一社)UNIVA理事の野口晃菜さんから講演動画でメッセージが送られた。野口さんは「マジョリティー中心の学校を、マイノリティーがいることを前提とした学校へ変えていくにはどうすればいいか。たとえ一緒に学んでいても、障害理解教育をしたとしても、日常生活における学校環境がマジョリティー中心では差別はなくならない。子どもたちが社会モデル(マジョリティー中心の社会)を理解することが大切ではないか」と訴え掛けた。
それを受け、指導主事らは今回のような体験を、実際にどのように学校現場に落とし込んでいけるのかをグループで話し合った。すると「これまでの障害理解教育もいろいろと取り組んできたが、その時の体験だけになりがちだった。それが日常になるようにするには、どうすればいいのかを考えていきたい」「障害の有無にかかわらず、お互いを理解する機会、またそもそも自分を理解する機会をつくらないといけない」といった意見が飛び交う。
「この体験をした感覚を持つことが重要ではないか」と、実際に現場の教員や子どもたちにもダイアログ・イン・ザ・ダークを体験する機会をつくりたいという声も上がった。加えて「より気軽に取り組むには、これまでも実施してきたアイマスク体験に、もう一工夫してみるといいかもしれない」といったアイデアも出ていた。
大阪府では来年度以降、実際にどのような取り組みを進めていくかは、研修会に参加した指導主事らの意見も踏まえながら進めていく。青木事務局長は今回の連携協定について「分かりやすい課題もあれば、そうでない課題もある。それを当事者だけでなく、社会全体で考えていくような教育が必要ではないか。障害理解教育の新しい形をつくっていけることを楽しみにしている」と述べた。