【「どうせ変わらない」を変える】 下校時間を40分早める

【「どうせ変わらない」を変える】 下校時間を40分早める
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 下校時刻を40分早める――。長野県の松本市立波田小学校が「働き方改革」の一環として実施し、成果を上げた取り組みの一つだ。教員1人当たり週に3時間以上のゆとりを生み出した同校の改革は、話し合いを始めてわずか3カ月でスタートしたという。改革を推進してきた三輪千子校長に、これまでの経緯を聞いた。(全3回)

「何も答えられない」からのスタート

――経済産業省が民間活力を取り入れて展開している「未来の教室」事業で、波田小学校は働き方改革を進めてきました。取り組みが始まったのはいつ頃だったのでしょうか。

 2022年度に入ってすぐ、松本市校長会で松本市教育委員会からの紹介があり、事業に申し込みました。8月に最初のオンライン研修があり、経産省と連携している「先生の幸せ研究所」のコンサルタントの方が、取り組みを始めた全国の学校をつないでくれたのです。

研修に先立って、コンサルタントの方からは「教務主任がキーパーソンになって参加するように」とのお話がありました。でも、教務主任一人に本校のような大規模校の改革を担わせるのは現実的ではないと考えました。そして、「チーム」で対応する必要性を伝え、本校は、教務主任と教頭、研究主任、そして児童会に関わる職員の計4人をチームとし、校長である私も加わって取り組むことにさせてもらい、8月の研修を受けることにしたのです。

――年度が変わった後の経産省の成果発表会で、教頭先生はこの時のことを振り返って、「『何のために業務改善するのか、何に必要なのか、なぜ必要なのか』と問われて、何も答えられなかった」と報告されていました。

 実際に教頭はそう話していましたし、教務主任も最初は「絶対に無理だ」と話していました。「働き方改革なんて、お金と人がなければ不可能だ」と。

 でも、教職員全員で話す機会を設ける中で、「この機会にできることはやってみようか」と、少しずつ意識が変わっていきました。その事実だけでも、一つの成果だったと思っています。

――当初は教務主任だけでなく、他の教職員も「提案しても反対意見が出てまとまらないまま変わらない」「ここで頑張ってもどうせ異動になってしまう」といった訴えをしていたそうですね。

 はい。そこで教頭はまず、「身の回りの小さなことで、変えられることはないのか」と一歩踏み込んで呼び掛けました。もし、ただ単に「働き方改革をして学校を変えていこう」と言っていただけなら、「どうせ変わらない」という風が吹いてしまっただろうと思います。

 そこで、8月から9月にかけての職員会議で、業務の中でもっと軽くできるもの、なくせそうなもの、工夫をしたら変わるものをみんなで書き出しました。

 すると、思いのほかアイデアがたくさん出てきました。そこで私が投げ掛けたのは、「学校とは何をするところか」という問いです。ただ「減らせばいい」わけではなく、「この行事の目的は何か」といった部分を問い直しながら、減らせそうなことと、残さなければいけないことを考えるよう促しました。その結果、今の学校生活の中で不要な部分が自然に淘汰(とうた)されていった感じです。

 そうやって校長のトップダウンではなく、教職員たちの協働によって進めてこられたことが、本校の強みであり、良さだと思っています。

「『どうせ変わらない』という風が吹いたら変わらない」と話す三輪校長=オンラインで取材
「『どうせ変わらない』という風が吹いたら変わらない」と話す三輪校長=オンラインで取材

――最初は乗り気ではなかった教職員のモチベーションを高める工夫は、何かあったのでしょうか。

 アイデアを出した後、「来年からやりましょう」というスタンスでは何も変わりません。異動で人が変わってしまうからです。なので「今年中に試行します」と宣言しました。

そうしてやってみて、駄目だったらまた変える。だから、「みんなで出し合ったアイデアを可能なものは年度内に必ず実現させる」というのが、私が考えたストーリーでした。そして、実際に秋から着手しました。

――実現不可能なアイデアはなかったのでしょうか。

 どのアイデアに対しても、「できない理由をつけない」と早い段階から決めていました。できない理由を探しているうちは、物事は変わりません。だから、まずは提案を出してもらって、実現する上で弊害になっているもの、障害になっているものを一つずつクリアしていくという考え方で進めていきました。

外部の力を取り入れる

――教職員が協働したとはいえ、校長が声を上げたのが始まりだと思います。働き方改革を遂行しようと決めたきっかけはあったのでしょうか。

 働き方改革自体は15年ごろからずっと求められていました。でも、具体的な成功事例が現場から出てこない状況が続いていました。

 文部科学省からも通知などは出ていましたし、県教委や市教委も業務削減の働き掛けはしていました。でも、内側の力だけではなかなか変わりません。外とつながって改革への大義名分というか、後押しをもらえるとちょっとしたパワーが生まれて、「やってみるか」という感じにまとまります。

 私自身がそんな問題意識を持つ中で、経産省の「未来の教室」事業をスタートさせました。この事業は学校に丸投げするのではなく、教育委員会やコンサルタントが一緒に伴走してくれることが特色でしたので、それを追い風にしてやろうと決めたんです。

――今回の働き方改革のように「何かを変える」ときのポイントは、どんなところにあるのでしょうか。

 第一に、周りの力も借りながら一緒にやるのがよいと思っています。学校は地域や社会の中にあるわけで、学校だけで何とかしようというのではなく、地域社会の人たちの願いや意見をキャッチしながら理解と協力を得て、動いていった方がよいと考えます。

 言い方を変えると、これからは「先生たちも学校の中だけにいては駄目」ということです。コミュニティ・スクールがせっかく全国に広がってきているのですから、地域の人と話して、「世の中の人たちは今、こんなことを思っているんだ」とか「子どもたちは将来、こういう意見を持つ人と関わりながら生きていくんだ」などと感じることが大事です。学校の外にも興味を持って、外の空気を吸いながらやっていく必要があると思っています。

――22年度に波田小学校の校長になられて、着任後すぐに働き方改革に着手されました。大変なスピード感だと思います。

 改革は、着任したときが一番のチャンスだと思っています。新しい学校に着任したときに自分が感じたことは、教頭や教諭も感じていることで、その学校が抱えている課題の核心に近いものだと私は考えています。

 そうやって「これは」と思ったことは初年度から着手しないと、あっという間に3年ほどがたち、異動のタイミングが来てしまいます。それでは、その学校にいる間で形にできないと思っています。

働き方改革の年度内の試行を宣言したという=オンラインで取材
働き方改革の年度内の試行を宣言したという=オンラインで取材

【プロフィール】

三輪千子(みわ・ちこ) 長野県松本市立波田小学校校長。最適な学びの在り方について考える「信州学び円卓会議」委員や県水泳連盟日本泳法委員会委員長などを歴任。論文「ボビングとけのびの学び直しとクロール泳の達成度」で2011年度信濃教育会教育研究論文・教育実践賞を受賞した。

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