【先生が足りない】教務主任と担任を兼務 働き盛りの夫は倒れた

【先生が足りない】教務主任と担任を兼務 働き盛りの夫は倒れた
夫が亡くなってからの出来事について、妻が記録してきたノート。「『過労死』をなかったことにしたくはなかった」と話す(写真の一部を加工しています)=撮影:大久保昂
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 2021年秋、福岡市立小学校に勤める1人の男性教員が亡くなった。教務主任という重責を担いながら、欠員となった学級担任のカバーも引き受け、年度当初から毎月のように過労死ライン(月80時間)を超える残業を強いられていた。40歳という働き盛りでの「過労死」は、学校現場の深刻な人手不足という課題を社会に突き付けている。

通常業務だけでも忙しい教務主任

 夫の吉田正樹さん(仮名)は福岡市内でも有数の規模の小学校に勤務していた。20年度に主幹教諭に昇格し、校内では教務主任を任されることになった。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、政府が「全国一斉休校」を要請したり、「緊急事態宣言」を発令したりして、学校現場が大きく揺れていた時期と重なる。

 教務主任は教職員集団の中核を担うと同時に、管理職のサポート役も期待される。年間の授業計画を作成するほか、校内で起きたトラブルにも対応し、若手や中堅クラスの教職員の相談にも乗らなければならない。自身も小学校で教員をしている妻の由梨さん(仮名)は、大規模校の教務主任の負担について、「通常業務をこなすだけでも、午後5時にはとても終わらない仕事だ」と語る。

 教務主任に就いてからというもの、正樹さんは早朝に家を出て、帰宅は深夜に及ぶことが日常茶飯事となった。夕方、子どもたちを保育園に迎えに行く役割は、ほとんど由梨さんが引き受けるようになった。

欠員となった学級担任を次々とカバー

 ただでさえ責任の大きい仕事に加え、21年度に入ってからは、「教員不足」の問題が正樹さんの肩に重くのしかかることになる。年度が始まって2カ月がたったころ、学級担任を務めていた教員の一人が体調を崩して休むことになり、その代役を兼務せざるを得なくなったのだ。授業や学級経営にも思い入れが強かった正樹さんは、授業準備や生徒指導なども手を抜かず、忙しさに拍車が掛かることになった。

 夏休みが明けると、今度は別の学級担任が産休で欠けることになった。公立校の教員が産休を取得した場合、原則として「臨時的任用教員」を新たに雇うことが法律で定められている。だが、教員不足で成り手がいない中、またしても、正樹さんが担任業務を引き受けることになった。

休日の夜に出勤、帰宅は明け方

 教務主任が職員室に座っていると、管理職や同僚から次々と相談が寄せられる。事務作業や授業準備に充てる時間がないため、正樹さんは、一人で仕事に集中できる土日の夜に出勤することがあったという。子どもたちを寝かしつけてから自家用車で学校に向かい、誰もいない職員室で、平日できない仕事を片付ける。自宅に戻ってくるのは、明け方だった。

 11月に入ると、正樹さんの疲労ははた目にも分かるようになった。それでも、1日も休まずに勤務を続けていた。

 自宅で倒れているのが見つかったのは、11月12日の早朝のことだ。明かりがともったリビングのテーブルには、就寝前に由梨さんが用意していた夕食が手つかずのまま残されていた。死亡推定時刻は前日の午後11時ごろ。いつものように遅くまで学校に残り、帰宅直後に体調が急変したとみられる。

「納得できない」と立ち上がった妻

 「過労死」。由梨さんの脳裏には、この言葉が浮かんだ。教員の立場で学校や教育委員会の責任を問うことには当初、ためらいもあった。慢性的な人手不足が続く中、正樹さんだけでなく、管理職や他の教職員も忙しかったであろうことは想像に難くない。それでも、夫の死因が「仕事と無関係」と扱われることには、納得できなかった。旧知の教員仲間からも「はっきりさせた方がいい」と背中を押された。

 教員の残業時間の指標として、「時間外在校等時間」と呼ばれるものがある。後で調べて分かったことだが、正樹さんの21年度に入ってからの時間外在校等時間は、夏休み期間に当たる7、8月を除き、全ての月で過労死ラインを超えていた。学級担任を兼務するようになった6月は110時間近くに達し、亡くなる直前の30日間で見ても、95時間40分に上っていた。地方公務員災害補償基金福岡市支部は23年7月、正樹さんが亡くなったのは長時間労働によるものだと認め、「公務災害」に当たると判断した。

 由梨さんは現在、労務管理をする立場にあった福岡市を相手取り、損害賠償を求める訴えを福岡地裁に起こしている。「責任感を持って仕事をしている人が、命を落とすことが二度とないように」と願う。

遺族側弁護士「国の責任も問われている」

 遺族側の代理人で、これまで多くの過労死事件を担当してきた松丸正弁護士(大阪弁護士会)は「教員の労務管理は民間企業と比べて遅れており、月に100時間を超える残業を強いられるケースは今でも珍しくない。再発防止を考える上ではまず、教育委員会や校長には教職員の勤務時間を管理し、健康に気を配る責任があることをはっきりさせる必要がある」と指摘する。その上で、「教員の長時間労働の背景には、学校に十分な人員が配置されていない問題があり、国の責任も問われている」と話す。

 正樹さんの死を防ぐことはできなかったのか――。学級担任が欠けた場合の補充や時間外在校等時間が膨らんでいる教員の把握・サポートの在り方について福岡市教委に尋ねたが、「訴訟中のため、コメントできない」との回答だった。

「いつ同じことが起きてもおかしくない」

 正樹さんが亡くなった後、由梨さんも福岡県内の小学校の教務主任を任されることになった。「教務主任をやりながら、学級担任もこなしている」「夜明け前に出勤しないと夕方までに仕事が終わらない」。教員仲間たちと話をすると、今の学校現場が置かれている厳しい状況が話題に上る。

 夫が亡くなってから2年半。国は「教員不足」への対応や「働き方改革」を進めようとしているが、抜本的な解決に向かっているという実感は、現場にいるとまだ感じられない。「夫と同じようなことが起きてもおかしくない環境で、多くの教員が働いている。教員の責任感ばかりに頼る学校運営を、いつまで続けていくつもりなのでしょうか」

 

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