教科書採択に、子どもの意見の反映を(遠藤洋路)

教科書採択に、子どもの意見の反映を(遠藤洋路)
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教科書採択はどうやって行われているか

 教科書採択のシーズンが始まった。特に今年は、4年に1度となる、新しい中学校教科書の採択年である。中学校は科目数も多いので、この時期の教育委員会は大忙しとなる。

 教科書採択のスケジュールは、かなりタイトである。例年、文部科学省から教科書検定の結果が発表されるのは3月。そこで初めて、どんな教科書が検定に合格したのかが明らかになる。

 その後、各地の教育委員会での手続きが始まる。具体的には、4月から、都道府県の選定審議会や市町村(採択地区)の選定委員会で、各教科の教員を中心に教科書の調査研究が行われる。全ての教科書を比較検討するための膨大な資料が作られるのだ。6月から7月には各地で教科書展示会が開催され、教員や地域住民の意見が集められる。最終的には、それぞれの教育委員会会議で審議され、採用する教科書が決まる。

 義務教育の場合は、教科書の無償措置があるので、8月31日までに採択を終え、9月16日までに文科省に報告するという、細かいスケジュールまで法令で決まっている。

教科書採択に欠けている子どもの意見

 このように教科書採択は、専門的な検討を行うプロセスと、幅広く意見を集めるプロセスとを組み合わせた、厳密な手順によって行われている。

 しかし、ここまでのプロセスで、一つ抜けているものがある。それは、当事者としての子どもの意見の反映である。言うまでもなく、子どもは教科書を使う当事者である。しかも、毎日のように教科書を使うヘビーユーザーなのだ。その当事者の意見を聞かずして教科書を選ぶというのは、考えてみれば、ずいぶんと当事者軽視である。

 もちろん、教科書の作成や採択に関わる大人たちは、教科書を使う子どものことを真剣に考えている。子どもが使いやすい教科書を作り、選べるように、子どもの顔を思い浮かべながら、日々作業している。私も採択に関わる一員なので、それは断言してよい。しかし残念ながら、大人はどう頑張っても、教科書を使う子ども本人ではない。大人が一生懸命に子どものことを考えることと、子ども本人が参画することとは、意味が違うのだ。

 現在の制度で、教科書採択について子どもが直接意見を表明する方法としては、教科書展示会がある。自治体によって詳細は異なるかもしれないが、教科書展示会の会場には、来場者用の意見箱がある。意見箱に入れられた意見は、教科書採択の資料として考慮される。熊本市の場合も、教育委員会会議の審議資料として提出されている。

 しかし、教科書展示会での意見は、子どもであれ大人であれ、地域住民の一人としての意見であって、教科書を使う当事者としての意見ではない。やはり、子どもが当事者として参画することとは、意味が違うのである。

 また、教科書展示会は、各地の図書館や教育センターなどで行われるが、会場も期間も限られているので、参加が難しい子どもも多いだろう。

こども基本法とこどもの意見表明権

 昨年施行されたこども基本法では、自己に関係する全ての事項に関して意見を表明する機会の確保が謳(うた)われている。また、国や地方公共団体は、施策の実施にあたり、当事者であるこども等の意見を反映させるため、必要な措置を講ずることとされている。

◇ ◇ ◇

こども基本法(抜粋)

第3条

三 全てのこどもについて、その年齢及び発達の程度に応じて、自己に直接関係する全ての事項に関して意見を表明する機会及び多様な社会的活動に参画する機会が確保されること。

第11条 国及び地方公共団体は、こども施策を策定し、実施し、及び評価するに当たっては、当該こども施策の対象となるこども又はこどもを養育する者その他の関係者の意見を反映させるために必要な措置を講ずるものとする。

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 これらの規定に基づけば、国や地方公共団体は、子どもが当事者となる施策である教科書採択にあたっては、子どもの意見を聴き、反映するための措置を講ずる必要があるといえる。

 もちろん、子どもがどのように意見を表明するのがよいかは、発達段階によって異なるだろう。こども基本法も「年齢及び発達の程度に応じて」意見表明の機会が確保されるとしている。実際、小学1年生に「どの教科書がいいですか?」と聞いたとしても、その答えをどう評価すべきかは難しい。

 しかし、中高生であれば、それぞれの教科書を見比べた上で、十分に意見を言えるはずである。あとは、採択にあたる教育委員会で、考慮すべき要素の一つとして、子どもから寄せられた意見についても審議すればよい。

 子どもが自らに関係する事項について意見を表明することは、民主主義社会の形成者を育むという、教育的意義も大きい。自らに関係することについて意見を持ち、それを表明するということは、健全な民主主義社会の基盤となる行為である。子どもの頃から、学校生活という身近な場面でその経験を繰り返すことは、将来の社会参画・政治参画のために極めて有意義である。校則の見直しに子どもが参画することも、同様の趣旨で広く行われるようになってきた。

どのように子どもの意見を反映させるか

 冒頭に述べたように、現状の教科書採択は、かなりのハードスケジュールである。もっと日程に余裕がないと、子どもの意見を反映させる手続きを組み込むのは難しいだろう。例えば、各学校を巡回して子ども向けの教科書展示会を行う、というのであれば、数カ月は必要である。

 しかし、今後デジタル版の教科書が一般的になれば、1人1台の端末でそれを見てもらい、意見を入力してもらうという方法もあるかもしれない。そうした方法なら、それほど長期間をかけずに実施できるだろう。集計もデジタル化が可能となる。

 また、現行制度内でも、工夫の余地はある。例えば、各地での教科書展示会をできるだけ休日にも開催し、親子での参加を促すといったことは可能だろう。熊本市では、モデル校を選定し、学校で教科書を展示して、子どもの意見を集める取り組みを準備中である。

 高校であれば、学校ごとに違う教科書を採択することになるので、各学校で実際に教科書を見てもらい、生徒の意見を聴くことはそれほど難しくない。来年度から新しい高校の教科書が採択される際には、ぜひ全国で生徒の意見を聴く取り組みが広がることを期待したい。

 そして今後、文科省と教育委員会が協力して、教科書採択に子どもの意見を反映させる具体的な方法を検討し、制度化することが必要だと考える。

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