【ライジャケサンタの願い】 安全に水と遊び、学ぶために

【ライジャケサンタの願い】 安全に水と遊び、学ぶために
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 香川県でライフジャケットを学校に貸し出す体制が整ったことで、森重裕二さんの「ライジャケサンタ」としての活動は弾みがつくはずだった。しかし、全国に同じ仕組みを広めていくには、いくつもの障壁があるという。学校や教員の意識だけではなく、着用方法の指導体制やライフジャケット自体の流通量もネックになっていると話す。そうした状況でも、持ち前の熱量で啓発活動に邁進する森重さんに、インタビューの最終回では今後の展望を語ってもらった。(全3回)

「香川モデル」を広げることの難しさ

――香川県のような体制を全国に広めることはできるのでしょうか。

 ライフジャケットのことを知ってもらおうと、フェイスブックやユーチューブ、note、ボイシー、インスタグラムなど、あらゆる手段を使って発信しています。こちらから情報を発信していかないと、誰も行動に移してくれないので、ただひたすら行動し続けています。

 とはいえ、壁にぶつかることの連続です。香川県では教育委員会の指導主事が普及の推進役になってくれていますが、県外へ出るとライフジャケットの寄贈すら受け入れてもらえないことがほとんどです。

 実は昨年、1000万円を目標にクラウドファンディングを行いました。「香川モデル」を広げるため、香川県を除く全都道府県にライフジャケットを寄贈しようと計画したのです。

 2012年に愛媛県で起きた保育園での水難事故の裁判では、「ライフジャケットを装着させておく義務」の過失責任が認定されました。そうした情報も含め、学校や園、子ども会などに向けて、「水辺に行くときにはライフジャケットを装着させる必要がある」とメッセージを添えて呼び掛けたのです。

全国の自治体にライフジャケットの必要性を訴えたと話す森重さん=オンラインで取材
全国の自治体にライフジャケットの必要性を訴えたと話す森重さん=オンラインで取材

 ところが、返ってきた返事は寄贈の受け入れ「不可」がほとんどで、受け入れ希望があったのはわずか5県だけでした。その理由は「管理ができない」「貸し出し業務の運営ができない」などでした。受け入れてくれる都道府県が少な過ぎて、集まった250万円のご支援を全てライフジャケットの寄贈に充てることができなかったのです。

 そのため、改めて全ての都道府県に絵本『かっぱのふうちゃん』(子どもの未来社)の寄贈を提案し直しました。そして、31県に計1114冊を寄贈させていただき、クラウドファンディングのプロジェクトは終了しました。

――『かっぱのふうちゃん』は森重さん作の絵本ですね。かっぱのふうちゃんが、ライジャケサンタからもらったライフジャケットを着けて海で楽しく泳げるようになるというストーリーの中で、ライフジャケットの正しい使い方や、水辺の危険な所を解説するという内容です。図書館で探したらありました。

 きっとそれは、私たちが寄贈した何冊かのうちの一冊だと思います。絵を描いてくださった絵本作家の市居みかさんはとても有名な方なので、多くの人が手に取ってくれると思います。ただ、私としてはライフジャケットの寄贈をこんなにも受け入れてもらえないことに打ちひしがれてしまいました。

流通量や指導体制にも課題

――ライフジャケットを普及させるにあたり、その他にどのような課題があるのでしょうか。

 一つはライフジャケットの流通量です。21年に香川県に約50着、坂出市に約100着、計約150着の子ども用ライフジャケットを寄贈したのですが、そのときに大手メーカー2社の在庫が底をつきました。シーズン前の6月に、150着頼んだだけで、です。日本で流通している子ども用ライフジャケットの絶対量が少ないことに驚きました。この状況でいくらライフジャケットを広めようとしても、いくら判例で「ライフジャケットの着用義務」が示されたとしても、現物がなければ広がるわけがありません。

 それでメーカーに相談したものの、やはり多くの在庫を抱えることは難しいとのことでした。それでも「ライジャケサンタの活動で売り切れるようにします」と伝えるなどして、可能な範囲で協力してもらっています。ビジネスとして成立しない状況がある中では、私みたい変わり者が突っ走らない限り軌道に乗りませんからね。

 もう一つは指導体制です。ライフジャケットは正しく着用しないと、事故のリスクが高まります。香川県の場合は香川大学や高松海上保安部、香川県B&G財団、ライフセービングクラブなどの協力を得て指導ができましたが、県内全ての学校を回るのは困難でした。消防や警察、スイミングスクール、自然学校などを巻き込んで、学校の先生にライフジャケット指導の研修を行うなどサポートをする必要があると考えています。他県の場合も同じで、「モノ」をそろえると同時に「指導」をどうするかが課題です。

子どもにライフジャケットの着用の仕方を教える森重さん=森重さん提供
子どもにライフジャケットの着用の仕方を教える森重さん=森重さん提供

未来の水泳の授業にライフジャケットを

――どのように打開していきますか。

 これから学校のプールが老朽化して、全国的に水泳の授業がなくなっていく可能性があります。そうなれば、水泳指導をするのか、水の安全指導をするのかという話になり、安全指導の方に傾いていくと思うのです。そのときに人間の体が水に浮かないことやライフジャケットの使い方をきちんと教えてあげたら、水の事故を防げるようになるでしょう。地域のスイミングスクールが学校の水泳指導を受託する動きもありますから、民間のスポーツクラブの役割も大きくなってくると思います。

 先日、カナダ在住の友人に話を聞いたところ、ライフジャケットはかなり普及しているとのことでした。プールに行ったら当たり前のように置いてあるのだそうです。学校ではどうかと尋ねたら、「泳げる子どもは着けないけれど、泳げない子どもは持ってくる」とのことでした。どの家庭も、子どもがいれば普通に持っている状況なのだと想像します。

 それを聞いて、やはりライフジャケットは絶対に必要なものだし、普及に向けて活動を続けなくてはと心を新たにしました。

海外には、プールにライフジャケットが置かれているのが当たり前の国もあると話す=オンラインで取材
海外には、プールにライフジャケットが置かれているのが当たり前の国もあると話す=オンラインで取材

――音声配信プラットフォームの「ボイシー」の「子どもを守るラジオ!」では、ライフジャケットの話に加えて時折、教育の話題も出てきます。

 毎週日曜日は、できるだけ教育に寄せた話をしています。今、学校の先生方は大変な状況にありますが、できる限り私の立場から先生方に役立つ情報を発信していきたいと考えています。

 その上で、もしライフジャケットに興味を持ってもらえれば、一緒に広めていく仲間になってほしいですね。そうしてライフジャケットの話題が広がり、着用が「当たり前」になることで、子どもたちの命を守ることへつなげていけたらと思っています。

 

【プロフィール】

森重裕二(もりしげ・ゆうじ) 学生の頃からカヌーや渓流釣りなど水辺での遊びに親しむ。2019年春、約20年続けた小学校教諭を退職し、現在は庵治石細目「松原等石材店」の3代目として修行する傍ら、「ライジャケサンタ」としてライフジャケットを自治体に寄付するなど水辺の安全のための普及啓発活動をしている。クローズアップ「小野訓導殉職から100年 水の事故防止に取り組む元教諭」にも登場。

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