いじめ重大事態調査の改訂案 NPO代表らが指摘する課題

いじめ重大事態調査の改訂案 NPO代表らが指摘する課題
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 いじめの重大事態を調査するためのガイドラインが7年ぶりに改訂されることになり、6月に開かれた文部科学省の有識者会議で素案が示された。同省は7月12日からパブリックコメントで意見募集を始め、早ければ8月中の改訂を目指している。この改訂案を、全国のいじめ問題の現場で対応にあたったり、研究・啓発に取り組んだりしているNPO法人はどう見ているのか。NPO法人プロテクトチルドレンの森田志歩代表と、NPO法人ストップいじめ!ナビの須永祐慈副代表に話を聞いた。重大事態の調査にあたる委員の質の向上や子ども目線の不足など、両氏ともさまざまな課題が残されていると指摘した。

 ガイドラインは、いじめで児童生徒の生命や心身などに重大な被害が生じた疑いのある重大事態の調査が適切に行われるよう2017年に策定されたが、学校と教育委員会の連携不足による対応の遅れや保護者とのトラブルが相次ぐなど、さまざまな課題が生じており、改訂されることになった。

 パブリックコメントにかけられた改訂案は、現行のガイドラインの約4倍の60ページに及び、学校や関係者の対応をより詳しく記述しているのが特徴だ。「不登校重大事態に係る調査の指針」も盛り込まれ、ガイドラインが一本化された。新たに「平時からの備え」が章として設けられたのをはじめ、調査組織に委員として専門家や第三者を加える場合の中立性・公平性を確保するための考え方を整理した。さらに児童生徒や保護者への事前説明について、重大事態の発生時と調査組織が整った段階の2段階に分けることが望ましいとするなど、手順や説明事項を詳しく記載している。同省は8月2日までパブリックコメントで意見を募集している。

NPO法人プロテクトチルドレン 森田志保代表(2023年2月)=撮影:秦さわみ
NPO法人プロテクトチルドレン 森田代表(2023年2月)=撮影:秦さわみ

――ガイドラインの改訂に向けた素案が示されました。評価できる内容ですか。

 全体的にまだまだ課題があります。前進した点としては、これまで調査結果が出る前から「被害児童」「加害児童」という文言を改めた点。公平性・中立性を担保すべき重大事態調査で最初から加害側や被害側というのはおかしく、いじめで被害を受けた疑いがある児童を「対象児童生徒」とするなど用語を整理した点はよいと思います。

 それとこれまでは保護者の申し立てがあれば必ず重大事態として調査しなければなりませんでしたが、まず学校で事実関係を確認して判断することもできるようになりました。私はこれまで全国で1000件以上の現場に関わり、約150の調査委員会に参加してきましたが、子どもが調査を望んでいない事案でも保護者の要望で重大事態調査が行われるため、本当に必要な事案に予算や人員を割けない状態になっているケースが多くありました。

職能団体でいじめ問題の研修を

――それ以外はまだまだ課題が多いという印象ですか。

 大事なところが抜け落ちています。大きな点でいうと、調査委員会の委員について「職能団体等に推薦を依頼する」と書かれていますが、そうした専門家は各分野の専門性はあってもいじめ問題についての専門性のレベルが低く、それぞれ関心のある分野を語るばかりで調査委の協議がまとまらないことがよくあります。職能団体がいじめ問題に関する研修を定期的に行い、研修を終えた人をリストアップするようにすべきです。

 それとガイドラインは今回、「不登校重大事態に係る調査の指針」と一本化されましたが、自死事案と不登校事案では事情が大きく違います。これは分けて考えなければいけません。

――重大事態の調査を適切に進めるために、さらに求めることはありますか。

 子どもたちのためのガイドラインにすることが必要です。今の重大事態調査の問題は、親が申し立てて、聞き取りに応じ、調査結果も受け取るという、子どもの声がどこにもないことです。子どもたちの声なき調査で真相解明などできるはずがなく、適切な再発防止策を取ることもできません。そのためには子どもが聞き取りに応じられる環境づくりに保護者が協力することも必要です。子どもたちのための調査であり、最終目的はどの子どもも守られることだとしっかり示す必要があります。

入学式や保護者会で説明・周知を

――夏ごろにガイドラインは改訂される見通しです。現場で運用する上での課題については、どう考えますか。

 いじめ問題への対処について首長部局の勉強が必要だと思います。また、どんなに方針を立てても保護者や子どもに周知しなければ理解されません。毎年度必ず、入学式や保護者会で学校のいじめ基本方針の説明や周知を行い、重大事態の取り扱いも説明する、こうしたことも明記してほしいと思います。

NPO法人ストップいじめ!ナビ 須永祐慈副代表(オンラインで取材)
NPO法人ストップいじめ!ナビ 須永副代表(オンラインで取材)

――今回のガイドライン素案は、重大事態への対応がきめ細かく記載されているのが特徴といわれています。評価できる内容ですか。

 率直に言うと評価できる点と課題の両方あります。不登校重大事態に関する要素を統合して、平時からの備えや発生時の対応などの内容を加えて、細かくバージョンアップされていることは評価できます。しかし、実効性のある有益なものになるかどうかについては課題が残っていると考えます。

 例えば学校側が認識していなくても申し立てがあれば重大事態として調査するという理念は正しいが、いじめが関係している可能性がありそうなら全部やって欲しいとなると現場はパンクします。予算や人材面での現場で実行できる環境や体制には限りがありますから、環境整備の方法も含めてガイドラインでサポートするのが理想だと思います。今回の素案には、全般的にそうした課題が残っている傾向が感じられます。

――具体的な章や項目の記載で気になる点はありますか。

 記載内容でエビデンスが不足している部分があると感じます。例えば、「対象児童生徒・保護者への接し方」の中で、「軽々に『いじめはなかった』と判断するとかえって事態を重大化・長期化させるおそれがあることに留意する」とのくだりがあります。実はこれについてはなぜ留意が必要か、研究などで明らかにされた事実やエビデンスがあります。現場がより納得して行動に移しやすくなるように、こうしたケースでは元の情報を当たれるよう、脚注や出典、参考文献を付けて補足した方がいいと思います。

 困難事例への対応も不足していると感じます。現実にはいくらガイドラインに沿って対応しても、例外的な困難事例は必ず起こります。重大事態への対応は最適解がなく、より専門的でディープな対応が求められるケースがありますが、そこにどう対応するかは書かれていない。例えばこども家庭庁が推進する「いじめ調査アドバイザー」につなげて協議できるスキームをつくることも考えられます。

「こども観」の視点が必要

――これだけ内容が増えても抜け落ちていると感じる部分が少なくないということですね。

 特に気になったのは、一番大事な子どものウェルビーイングについての視点が軸になっていないことです。困難事例が発生して学校と保護者に第三者委員会も入って大人の紛争になってしまうと、子どもがおざなりにされるケースが多い。こうした点から、むしろ「こども観」という序章を設けて、こども基本法や子どもの権利条約を土台に、子どもに必要な環境整備や子どものウェルビーイングについて、理念や視点を共有することが必要と考えます。

2、3年おきに見直して新しい課題に対応を

――ガイドラインは今後パブリックコメントを経て改訂されます。新しいガイドラインの運用について要望したいことはありますか。

 いじめの重大事態を巡っては、現場で常に新しい課題が起きていますので、ガイドライン改訂は10年周期でなく、2、3年おきには見直してほしいと思います。大切なのは、ボトムアップ形式で現場の校長や教育委員会から課題を上げ、さらにそこに専門知を加えて作りあげていくことです。こうしてブラッシュアップを重ねて、みんなでつくっていくことが必要だと考えます。

 

【プロフィール】

森田志歩(もりた・しほ) 息子がいじめで不登校になり、学校や教育委員会と戦った経験から、同じような悩みを持ついじめ被害者や保護者の相談を受けるようになる。相談が殺到し、2020年に市民団体を、21年にはNPO法人を立ち上げる。いじめ、体罰、不適切指導、不登校など、さまざまな問題の相談を受けているが、中立の立場で介入し、即問題解決に導く手法が評判を呼んでいる。児童・保護者のみならず、学校や教育委員会からの相談も多数寄せられ、対応してきた(現在、新規の相談・依頼の受付を休止中)。

須永祐慈(すなが・ゆうじ) 東京都生まれ。小学4年生の時にいじめを受け不登校となり、その後、フリースクールに通う。NPO立の民間大学にて学び、教育問題に関する研究や出版社での活動などを経て、いじめ問題の研究・啓発を行う「ストップいじめ!ナビ」に参加。10代の頃から、いじめや不登校経験の発信を行ってきたのに加え、全国での講演や、行政、報道、SNS事業者と連携した活動を進める。「問題校則」や「自殺対策」「子ども相談機関」に関するプロジェクトにも参加している。

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