研究奨励校として「対話」の研究に取り組み始めた東京都日野市立滝合小学校だが、研究当初は教員の受け止め方もバラバラで、試行錯誤を繰り返すこととなった。突破口になったのは、研究推進委員会とは別に設置したコアチームだったが、この組織に対する反発もあり、すんなりとはいかなかったという。加藤敏行校長のインタビュー2回目では、そうした日々の中で見いだした学校現場における研究の在り方などを聞いた。(全3回)
――前回、研究推進委員会とは別にコアチームというものを設置することで、「対話」の校内研究が進むようになったということでしたが、具体的にどういう組織なのですか。
研究推進委員会にはさまざまな立場の教職員が参加しています。一方で、コアチームは研究に積極的な人、今回の場合は「対話」に積極的な教職員に手を挙げてもらったり、管理職がスカウトしたりしました。年齢や経験などができるだけ多様になるといいとも考えていました。
しかし、コアチームをつくったことを喜ぶ人がいる一方で、反対する人もいたのです。「研究推進委員会があるのに、なぜわざわざ似たような組織をつくるのか」ということです。
当然の意見ですよね。双方の言い分が分かるため、「もう一回じっくり考えよう」と、教職員で話し合いました。そうして二度三度と話し合いを重ねる中で、教員自身が折り合いをつけていったのです。
研究推進委員会はルーティンワークを主としたマネジメント。すなわち研究の記録や紀要の作成、講師に関わる手続きなど、研究奨励校としてやらなければいけないことを着実に進める組織という位置付けです。一方コアチームは、前例やルールがない中で新しいアイデアを生み出し、強力に前進していく組織。そういうすみ分けをすることで、双方の組織がうまくかみ合うようになりました。
――「折り合いをつけていった」と表現されましたが、そこでまさに「対話」ができて、良き落としどころを見つけ出したということですね。
そう思います。あれが「対話」の入り口での初めての成功体験だったのではないでしょうか。教員は「こうすべき」「こうあるべき」が強い傾向があるので、納得がいかないと先に進みにくいところがあります。しかし、固定観念に捉われず、「対話」によって発想を転換させることによって、新たな世界をつくることができるのだと、この時確信を得ることができたのです。
――コアメンバーの人のように、場を与えられれば新しいことにチャレンジする人もいるわけですよね。
そうなのです。だから人間というのは面白い。そうして興味をも持てるようになることが、自己変革の第一歩だと思っています。私自身も研究開始当初は、研究の時間を楽しいとは思えませんでした。「みんなでやろうとしていることに、どうして反対するのだろう」などと結果にとらわれて、その人の心の奥にある「願い」に気付かなかったからです。
――事態が好転した要因は何だったのでしょうか。
振り返ってみるとポイントはいくつかあったと思いますが、すぐに全員が理解して「やりましょう」ということにはなりませんでした。分かる人も分からない人も、やりたい人もやりたくない人もいる。そうした中で、自然と核になる人が出てくるのです。
そうしてやりたい人が喜んで取り組んでいると、それに続く第2グループが出てくる。一方で、最後までやりたくないと言い続ける人もいる。そういう人たちも大きく認めていくことが大事なのです。「今は発展途上の段階なのだからいいのですよ」という姿勢が、特に管理職には必要だと感じています。
そして、相手との「対話」の前に、「自分」がなければ「対話」は成立しません。まずは自分との「内省」、主体的に自分と向き合うことが必要になります。しかし、自分だけの世界だと、限られた領域の中で生きているだけになってしまい、他の素晴らしい世界や異なる性質のものに気付けません。自分以外の異なる考え方や文化の人もたくさんいて、それを知ろうとする姿勢があれば、自分を広げられます。そういうことが分かってくれば、人は自分から理解しようとするのです。
そういう視点が得られれば、今まで「取っ付きづらいな」と思っていた人も、「実は深い考えを持っているかもしれない」「もっと話をして考えを知りたい」と、身を乗り出すようなモードに入っていけます。
それから、渋谷先生のような優れた指導者から指導を受けることも大切です。まず「対話」の基本をしっかりと身に付ける。そして、実践するほどにまた見えてくる課題に向き合っていく。そうしたことにファシリテートしてくれる存在が必要なのです。不思議なことに、「対話」を極めるほどに、ファシリテーターの力量が必要だと感じるようになります。前任校での「対話」の研究3年目の頃には、「対話」の理解が進みにくい人も含め、誰もがファシリテーターを目指したい気持ちを抱くようになっていたと思います。
そこからさらに進んで、子ども自身がファシリテーターの力量を身に付けていったとしたら、どんな素晴らしい学級になっていくことでしょうか。想像するだけでワクワクしてきます。
――そうした状態に入るまでは、時間がかかりそうですね。
「ここまでしかできない」「これ以上やりたくない」という範囲を「エッジ」と呼ぶそうですが、居心地の良い自分の範囲より外に出たいとは思わないのが普通です。しかし「対話」は、あえてその外の世界に行くわけですから、エネルギーとやる気が必要です。時間と手間をかけ、エッジが緩やかに外側に開く感覚をつかんでいく。こちら側から開いていかなければ、相手の心を開かせるのはもっと難しい。だから、「主体的、対話的で深い…」の順なのですね。
さて、教員の中には悩みを持っている人が少なからずいて、その人はその人でそれを乗り越えるのに必死にもがいています。ただ、そうした「困った」は言い出しにくいし、知られたくない。
教職員の心理的安全性を確保することは、そうした孤立する教職員を救うことになるわけで、とにかく安心して話をしてもらわなければ何も始まりません。鍵となる言葉は「実は」です。これが出てきたら大きな一歩ですが、現実にはなかなか言ってはもらえない。だから「実は」と言ってくれたら、よほど自分を信頼してくれている証しです。心の扉が開き始めた状態なのだと思います。
――しかし、現状のように余裕がない職場では、対話の機会や姿勢を持てない人も当然いるのではないかと感じます。
そうですね。確かに忙しすぎます。「何か研修しましょう」と言っても、「対話が大事なのは知っていますが、すでにこんなに忙しいのにこれ以上何をやるのですか?」と反発するのは普通のことでしょう。
そうした中で、どうやって「対話」の時間を生み出すかと言えば、やはり時間を効率良く生み出す以外に方法はありません。私が考えるに、そのためには校内研究の時間を効率良く使うことがベストだと考えています。
【プロフィール】
加藤敏行(かとう・としゆき) 1962年、東京生まれ。東京学芸大学大学院修士課程修了。公立小学校教諭を務めたのち、教育委員会指導主事を経て、2013年から校長職を歴任。「対話」による「みんなに居場所や出番のある学校づくり」を目標に実践を重ねている。