2022年、国連は日本政府に対して「障害のある子どもにインクルーシブ教育の権利を」と勧告し、教育現場ではインクルーシブ教育の在り方について議論が続いている。新潟県十日町市には、共生の理念に基づいて障害のある子どもとない子どもが同じ校舎で学ぶ学校がある。「共に生き共に学ぶ」――。市立十日町小学校と市立ふれあいの丘支援学校が目指す学校づくりの姿を取材した。
新潟県JR十日町駅から小高い丘を15分ほど登ると、2階建ての校舎と体育館が見えてきた。学校の児童生徒が使う玄関には「十日町小学校」と「ふれあいの丘支援学校」の名前があり、玄関を両校で共有していることが分かる。校舎内に入ると廊下の幅が通常の学校の2倍ほどある。案内してくれた教員によると、この廊下は車いすの児童生徒が移動しやすいように設計されたもので、ユニバーサルデザインのトイレとエレベーターも装備されている。また、階段を上ると通常より段差が小さくなっていた。
廊下には大リーグの大谷翔平選手が全国の小学校と特別支援学校小学部に寄贈したサイン入りグローブが6個並んで置かれていて、「気持ちよく使おう!」と書かれた張り紙があった。グローブをガラスケース内に展示して子どもが使えない学校が問題になっていたが、この学校では大谷選手の「野球しようぜ」というメッセージを受けて、子どもたちに自由に使わせている。
「地域になかった特別支援学校をつくりたい、そして老朽化した小学校の校舎を建て直したいという2つの願いからこの学校が実現した」
こう語るのは十日町小学校の松澤ゆりか校長だ。十日町小学校では1992年に校舎の改築議論がスタート。それに養護学校(当時)の建設を望む保護者の声が加わり、さらに子どもたちも議論に参加して「共生の理念に基づく夢の学校づくり」が始まったという。
議論の開始から10年後の2002年、県立養護学校の分校が十日町小学校内に開設された。そして新校舎が完成した翌年の13年、校舎内に市立ふれあいの丘支援学校と発達支援センターおひさまが開所した。発達支援センターは保護者から子どもの発達や成長に関する相談を受けたり、就学前の子どもを対象にした発達支援を行ったりしている。現在、小学校の児童数は229人、特別支援学校は小中学部合わせて児童生徒34人となっている。
ふれあいの丘支援学校の上松武校長は「本校の歴史をさかのぼって驚いた」と語る。「十日町小学校のPTA総会で、特別支援学校との併設をやっていきましょうと決めたのがすごいことだと思う。私たちから見れば他の学校のPTAが私たちと一緒にやろうと言って、それが総意になって進められたということなので」
学校の理念は「共生社会の実現を目指して、互いに学び合い認め合い高め合う」とされている。松澤校長はこう語る。「運動会や文化祭などの行事のほか、授業交流として両校の児童が自然体験活動や新潟県庁見学の郊外学習を一緒に行っている。他にも、ふれあいの丘支援学校の中学部の生徒が職業教育の一環として行っているお掃除や食器洗いの仕方を、十日町小学校の6年生が家庭科の時間に教えてもらっている。4年生は1年間、総合学習の時間のテーマとして、両校の交流を計画から活動まで行っている」
教室は学校学年ごとに配置されるが、子どもたちの遊びの場「ふれあい広場」は両校が共有して使っており、休み時間などは両校の児童生徒が混ぜこぜとなって活動している。
「ふれあい広場」には取材当日、数日前に行われた「七夕ふれあい祭り」の大きな竹があって、両校の児童が一緒につくった短冊が竹の葉いっぱいに飾られていた。小学4年生の俵山りささんは「今年からふれあいの丘との交流が始まって楽しい。七夕ふれあい祭りをやって、一緒に短冊を作って飾った」という。
また小学5年生の髙橋青葉さんは「最初は仲良くなれるか不安だったけれど、交流したおかげで障害に興味が持てたし、仲良くなれて遊んでいると楽しくなった」と言い、特別支援学校5年生の馬場勇成さんは「昼休みに皆が集まるのが楽しい。鬼ごっこなどをしている」、6年生の齋木亜緒さんは「ボッチャを一緒にやるのが楽しい」とうれしそうに語った。
松澤校長は「全く違和感なく同じ空間で一緒に過ごしているところが、十日町小学校の児童のいいところだなと思っている」と語る。「小学校にはいま発達、言語、難聴の3つの通級指導教室と特別支援学級がある。そして特別支援学校もあるので、教室で勉強する子、時々通級にいく子、特別支援学級にいく子、特別支援学校の子というように、さまざまな子どもたちがいるのを肌で自然に受け止めている」
また上松校長も「子どもこそ壁がないのを、その姿から感じる」という。「同じ世代の子どもたちと触れ合うのと、障害のある子どもだけで学んでいるのとは学べることが違う。発達に遅れがあるかもしれないが、10歳なら10歳の子どもたちと一緒に、10歳ならではの文化を体験できるというのは素晴らしい。この前あまりにも自然に昼休みに一緒に遊んでいるので、児童に『どんなことが面白いの?』と聞いたら、『なんか分かんないけど楽しい。友達も増えるしね』と答えが返ってきた。子どもこそ壁がないのを、その姿から感じる」
文部科学省では今年度から「インクルーシブな学校運営モデル事業」を始めている。初等中等教育局特別支援教育課の生方裕課長は、この背景をこう語る。
「インクルーシブな社会に向けた取り組みとして、地域で特別支援学校と小中学校で交流・共同学習の取り組みを進めてもらっているが、その先行事例として十日町小学校とふれあいの丘支援学校の取り組み、特に地域、保護者、PTAから『共生の理念に基づく学校づくり』が生まれたのは素晴らしい」
生方課長がこの学校の特徴とみているのが、発達支援センターの存在だ。
「保護者が子どもの発達と就学先が気になるときに相談に来ると、そこには特別支援学校も小学校も特別支援学級もある。連携して交流・共同学習をやっている姿を見れば、とても安心されると思う。『うちの子はきめ細かい支援体制のもとで学ぶのもいいかな』『うちは小学校の方がいいな』と。どちらで学んだとしても、障害のある子どもとない子どもが触れ合う環境が常にあるのは非常に大切だと思う」
国連は22年、日本政府に対して「障害のある子どもにインクルーシブ教育の権利を」と勧告した。14年に日本が批准した障害者権利条約では「障害者がその人格、才能および創造力並びに精神的および身体的な能力をその可能な最大限度まで発達させること」を目的としている。そして条約では「障害者が障害を理由として教育制度一般から排除されないこと」を確保するよう定めている。
国連の勧告について生方課長は「障害者権利条約の『教育制度一般』とは各国で提供されている公教育を指すので、日本では特別支援学校、特別支援学級も含まれる」という。
「国連の勧告では特別支援学校、特別支援学級を『分離された特別支援教育』として中止せよということだが、目的は子どもの可能性を最大限度まで発達させること。だから日本としては一人一人の教育的ニーズがどこにあるのかを踏まえて、多様な学びの場を整備しながら交流・共同学習を進めていく」
松澤校長は国連の勧告について「子どもたちを分けてしまうのを排除と考えるのはその通り」だとしながらも、こう続ける。
「ただ必要な支援をいろいろな形で行うという日本の考え方は間違っていないと思うし、30人以上の学級で多様な子どもたちに、もし教員が1人で対応したら大変厳しい状況になる。理想的にはこの学校のように、特別支援学級、特別支援学校もあってさまざまな選択肢があるのが一番いいと思うが、このような校舎を実現できるところは多くないだろう。そうした時には交流を意図的に組み、多様な人がいるのを子どもたちが肌で感じながら育つことが必要だ」
「国連の趣旨はわれわれと一緒だ」と生方課長は語る。「国連の趣旨は、障害のある子どもとない子どもが一緒に学ぶのが大事だということ。それはわれわれも一緒だ。インクルーシブな学校運営モデルなどの取り組みをどんどん増やしていきたい。十日町小学校、ふれあいの丘支援学校のような学校が、まさに全国各地に広がっていければいいと思う」
【お詫びと訂正】お名前が間違っており、正しくは「俵山りさ」さんでした。訂正して、お詫びします。