中高生が演じる等身大の心 ミュージカル「ひみつの箱には、」

中高生が演じる等身大の心 ミュージカル「ひみつの箱には、」
演技に熱が入る中高生の俳優たち=撮影:藤井孝良
【協賛企画】
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 これはわたしが、わたしになるまでの物語――。そんなキャッチコピーを冠したミュージカルが8月22日から25日まで、都内で上演される。周りに気を遣い過ぎるあまり、なりたい自分を心の中に閉じ込めている高校生の天野一歩(あまのはじめ)が、「箱庭」という集会所でさまざまな人と出会って変わっていく心理を丁寧に描いていく。演出は、自身もミュージカル俳優で、法律を子どもにも分かりやすくひもといた『こども六法』の著者でもある山崎聡一郎さんだ。俳優を志し、活動する中高生世代が活躍できる演劇は少なく、エアポケット(空白)のようになっているという。今回の公演は、そんな中高生の俳優がメインとなり、等身大の中高生を演じる新たな試みでもある。

限られた稽古時間でも手応え

ミュージカル「ひみつの箱には、」B組の通し稽古=撮影:藤井孝良
ミュージカル「ひみつの箱には、」B組の通し稽古=撮影:藤井孝良

 本番が2週間後に迫った8月上旬、都内の稽古場を訪ねると、B組のメンバーが劇の始めから終わりまでの演技を確認する通し稽古に打ち込んでいた。今回の上演はA組とB組に分かれ、一部を除き、役はダブルキャストとなっている。主役の天野一歩をはじめ、高校生の役は全員が中高生の俳優が務める。

 休憩中は至る所で雑談が盛り上がり、学校の休み時間のようだったのが、稽古が再開した途端に独特の緊張感が稽古場を覆い、場の空気が一変する。山崎さんは役者たちの動きを注視しながら、気になったところがあるとすかさず止めて指導していく。

 「音程は合っているけれど、もっとロマンチックに」

 「自分の家に帰ってくるのだから、もう少しふらっとした足取りで」

 演技や立ち位置はもちろん、発せられたせりふから受け取る印象など、山崎さんはそれぞれの役や状況を踏まえたアドバイスを伝えていく。時には、演じている俳優から意見が出ることもある。まさに、それぞれの解釈を演技という言語でコミュニケーションしながら、劇として共有していく作業だ。

 オーディションを経て、稽古が始まったのは6月下旬。学校に通っている中高生が多いこともあり、通常のプロの公演よりも練習時間はどうしても限られてしまう。それでも山崎さんは「出来は悪くないと思う」と確かな手応えを感じ取っていた。

中高生の俳優が舞台に上がる場を

指導をする山崎さん=撮影:藤井孝良
指導をする山崎さん=撮影:藤井孝良

 2021年に初演を迎えた「ひみつの箱には、」は、これまでプロの俳優や大学生によって上演されているが、メインである高校生の登場人物を中高生の俳優が演じるのは今回が初めてだ。大学生やプロの俳優が高校生役を演じられるように、子役と大人の俳優の間にいる中高生の俳優が出演できる舞台はそう多くないのだという。

 そうした中高生の俳優に活躍の場をつくることも狙いの一つとなっている今回の公演。山崎さんは「中高生がやるからこそ、そのままやってほしい。芝居となると、役をつくって、役への理解を深めた結果、いかにも芝居らしく演じてしまう傾向が、大人よりも子どもに多い印象がある。ありのままで演じることは難しいが、それを追求できれば、より実感のこもった、中高生が演じるからこその作品に仕上がるだろう」と期待する。

 オーディションで選ばれた中高生の俳優は、俳優としてのキャリアはさまざまだが、本気で俳優を目指しているという点は同じだ。「細かな動きまで決められた形で演技する方が楽ではあるけれど、それではプロの俳優としては通用しない。一方で最初から全てを自由にやれるわけではない。その間を取るのが難しい。素の自分としてせりふを発するのも大事だし、それと同時に、舞台上で今、何が起きているかということを把握することも求められている。これは、俳優として向き合わなければならない課題でもある」と山崎さん。指導の際は「正解を一つに決めないでほしい」と繰り返し強調しているそうだ。

 「子どもと向き合っているという感覚はない。大人にもその年齢でしかできない表現があるのと同じように、中高生世代にも中高生世代にしかできない表現がある。そういう意味では子どもも大人と対等だし、プロとしての葛藤を抱えているという点も大人の俳優と変わらない。本人たちの前では言わないが、尊敬している。同じ俳優として嫉妬することもある」と、中高生の俳優たちに対し、山崎さんは目を細める。

今の自分ともう一度向き合える作品

 「彼女っていうのは本当に情けないやつで、頭も良くないし、得意なこともないし、周りを気にしてばっかりで…。そんな天野一歩が、なんかいろいろあって自分を結構認めてあげるようになるって話なんだけど…」

 「ひみつの箱には、」は、天野一歩の心の箱の中にいるもう一人の自分である「はじめ」の語りで幕を開ける。友人関係を気にし、本当の自分である「はじめ」を押し殺している天野一歩。その悩みを見抜いて「箱庭」へと誘う浅海真珠(あさみ・しんじゅ)というキーパーソンが現れることで、物語は大きく動き出す。

 その浅海真珠をB組で演じる高校1年生の井出空さんは「私が考える浅海真珠は、優しいけれど自分の意見は揺るがないし、違うと思ったら違うとはっきり言う。劇中では『かっこよくない』と本人(浅海真珠)は言うけれど、私はかっこいいと思う。まるでヒーローのような存在」と話す。

 特に天野一歩の変化に戸惑う友人の心を傷つけてしまい、みんなで一緒に「箱庭」に行き、お互いにありのままの気持ちを打ち明ける場面が一番好きだと井出さん。「同世代の中高生も共感できる部分が多いと思う。自分だったらどう言うだろうと考えながら、見てもらえたら。温かい気持ちになりつつ、今の自分ともう一度向き合えるチャンスになる作品だと思う」と思いを語る。

◇ ◇ ◇

 「ひみつの箱には、」は、8月22日から25日まで、東京都豊島区のシアターグリーンBIG TREE THEATERで上演される。詳細は特設ホームページで。

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