浅間山のふもと、西軽井沢の地に2024年春、デジタルテクノロジーと行動分析学を掛け合わせたインクルーシブな先進教育を行う「さやか星小学校」が開校した。運営する学校法人西軽井沢学園の奥田健次理事長は、発達につまずきのある親子を支援してきた心理臨床家だ。国内外を飛び回るフリーランスのセラピストが、私財を投じてなぜ学校をつくったのか。そしてキーワードとなる「行動分析学」とは、どのようなものなのか。始まりは18年の「サムエル幼稚園」設立にさかのぼる。(全3回)
――行動分析学というのは、どのような学問なのでしょうか。また、奥田理事長はこれまで行動分析学に基づいて親子や学校現場に向けて、どのような支援をしてきたのでしょうか。
「行動」がなぜ起きるのか、増えたり減ったりするのか。その原理を心や脳に求めるのではなく「環境」に求めるのが行動分析学です。
人がジュースを自動販売機で買うのは「ジュースが欲しいと心で思ったから、自動販売機に向かった」と考えるのが、行動心理学以外の心理学です。行動の前に「動機」や「意思」があるという説明は、心理学を学んでいない一般の人にも受け入れられやすいでしょう。
しかし、行動分析学では、そのようなアプローチは取りません。「自動販売機を使う行動に飲み物を得る結果が随伴したので、また自動販売機を使う行動が増えた」と考えます。
まるで一休さんのとんちのようでしょうか。でもこれは、実験によって証明することができます。例えば、2台の自動販売機を用意してそのうち1台はお金を入れてもジュースが出てこないようにします。すると、人はジュースが出る方を選ぶようになります。つまり、ジュースが出たかどうかにより行動が左右されるのです。動機で説明するよりも、自動販売機を使う行動は「ジュースが得られるかどうか」という結果が決め手になるのです。
――学校教育では、どのように応用できるのでしょうか。
例えば、教室で暴れたり、授業中に立ち歩いたりする子どもがいたとします。行動分析学ではない教育では、子どもに注意を与えてそういった行動が減るためのプログラムを作ろうとします。一方、行動分析学のアプローチでは、望ましい行動に焦点を当てることに始まります。その行動が生じたときに、子どもにとって分かりやすい報酬を伴うプログラムを作ります。この報酬を「強化子(きょうかし)」「好子(こうし)」と言います。
この二つのアプローチを比較すると、行動分析学に基づくプログラムの方が圧倒的に変革を起こせるのです。こうした研究が米国を中心に進み、治療や教育の現場で採り入れられてきた歴史があります。自傷や他害、ものを壊すなど強度行動障害と判定される人たち、双極性障害、強迫性障害、依存症などの精神疾患のある人たちなどに対して大きな改善をもたらしてきました。
心理学の歴史を教科書的に学んだだけの人は、行動分析学よりも認知心理学の方が新しくて効果があると考えがちです。でも、行動分析学は認知心理学が扱うテーマも行動に置き換えて取り扱うことができます。私はこれまで、授業が成立せず学級崩壊状態に陥った学校から呼ばれ、行動分析学に基づくプログラムを提供し、解決へと導いてきました。
――もともと行動心理学を学んでいたのですか。
いえ、最初は精神分析学のゼミに入っていました。問題の解釈に面白さはあったのですが、実際に目の前でどのように困難を抱える子どもたちが変わっていくのか、実践に携わりたいとゼミの先生に相談したのです。そこで、紹介してもらった先生が応用行動分析学の専門家だったのです。そこでどんどん子どもが変わっていく様子を目の当たりにして、その先生を師と仰ぎ、行動分析学を学んでいきました。その後、フリーランスの行動分析学の臨床家として独立しました。
私はサービス精神旺盛な関西人で、人さまのお役に立てることを何より優先したいのです。例えば、不登校の子どもに関わって、それまで2年も3年もかかって改善しなかったケースが数回のセッションで治ったという事例がたくさんあります。
それでも、これよりも効果的な方法があるのなら、いつでも行動分析学を捨てるつもりです。私は所属していた大学とか、誰の下で学んで経験を積み上げたとかいったものに、自分のアイデンティティーを見いだしていないからです。でもこの30年、行動分析学よりも良い方法に出合っていないため、行動分析学を続けているだけです。
――臨床家として活動されていた奥田理事長が、なぜ幼稚園や小学校をつくろうと考えたのでしょう。
待っていられないところがあったからです。いじめの問題にしても、不登校にしても、発達障害や虐待などへの対応にしても、辛口な言い方で申し訳ないですが、今の学校や先生たちはのんびり構えすぎではないでしょうか。それどころか、学校や教育委員会がいじめ問題を隠ぺいしたりする事件まで日常的に起きています。
行動分析学に基づいて実践してきた私からすると、すぐに解決できる方法があるのに、今放置してしまったら、その子たちの一生が台無しになってしまいます。学校に呼ばれて自分がアドバイスをしても聞く耳を持ってくれない場合も多く、それならば自分たちで理想の学校をつくったらいいのではないかと考えました。
最初にそう思ったのは27~28歳の頃でしたが、当時は資金も何もありませんでしたから、夢に思い描いただけでした。その後12年間、大学教員やクリニック経営、講演や執筆活動などを続け、西軽井沢に中古マンションの一室を購入して書斎を構えました。そこにこもって執筆をしながら、大学を退職して土地を買い、子どもたちと高齢者とワイン用のぶどう畑を一緒に作ったらどうだろうか、などと考えていました。
そんな折、そのマンションの目の前の5000坪の土地が売りに出ているという話が舞い込んできたのです。若い時は夢想にふけるだけだった「理想の教育を行う学校」をつくることが実現できそうなのは、今じゃないかと決意しました。その土地は老舗の学校法人が所有しているもので、投機ではなく教育目的の購入ならばと話が進み、個人で銀行ローンを組んで購入しました。
でも、そこから先が大変で、学校法人という公的な機関をつくるのは並大抵のことではありませんでした。厳しい逆風にさらされ、長野県で最小定員となる35人の幼稚園をつくるにあたり、設置認可が下りるまで3年以上もかかったのです。それまで個人で持っていたお金も土地も建物も、全て学校法人に寄付しました。以来、理事長として運営に携わる傍ら、臨床家としての活動も続けています。
――それが、18年に開園した「サムエル幼稚園」ですね。
サムエル幼稚園では「親が成長すること」を大切にしています。例えば、幼稚園児でも登園しぶりはあります。あるお子さんの保護者から、「本人が行きたがらないから休ませたい」と連絡が入りました。そのご家庭は、知らず知らずのうち、常に子どもの要求を優先していたため、子どもが「周囲は自分の要求に全て応えてくれる」という経験を重ねると、登園しぶりが加速してしまうと判断しました。
そこで、園長から体調が悪くなければ連れてきてもらうように伝えました。すると2日後には登園しぶりが収まったのです。保護者には「登園しぶりは乗り越える必要がある」と説明もしました。このように初期対応が素早く正しくできているため、当園には不登園児は一人もいません。
こうした保育を実践するうちに、卒園した子たちも通える、そして本当に子どもたちのためになる教育ができる小学校をつくりたいという思いが強くなっていきました。
【プロフィール】
奥田健次(おくだ・けんじ) 兵庫県出身。学校法人西軽井沢学園創立者・理事長。大阪キリスト教短期大学副学長。(一社)日本行動分析学会理事、日本子ども健康科学会理事、日本緘黙研究会常任理事などを歴任。専門行動療法士、臨床心理士 。応用行動分析学、行動療法をもとに親子を支援する心理臨床家。全国各地からの支援要請に応えている。日本国内だけでなく、世界各地にも赴く。日本で初めて行動分析学に基づく幼稚園、小学校を設立・運営する。