【行動分析学に基づく学び舎】 教育の当たり前を変える

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 開校から半年、さやか星小学校はこれまで常識とされてきた「当たり前」の変革を掲げ、「いじめ防止3Rプログラム」や「スクールワイドPBS」などを実践してきた。学習面では1人1台端末と校務支援システムを組み合わせた個別最適な学び「パーソナライズ学習」を展開する。一斉指導と前例踏襲の「当たり前」を乗り越える実践の根底には、奥田健次理事長の「自由と制限」に対する揺るぎない信念と情熱があった。(全3回)

ギフテッドへの合理的配慮を提供する「エジソン学級」

――さやか星小学校の学級編制はどのようになっているのでしょうか。

 学年につき1クラスの単学級で、「学年級」と呼んでいます。これに加え、本校独自の全学年合同の複式学級「専修学級」を2学級設けています。「エジソン学級」「ダヴィンチ学級」という名称で、今年度は「エジソン学級」が立ち上がりました。

 本校にはさまざまな特性を持った子どもがいて、インクルーシブな環境下で生活しています。一方で、学習面では中学生レベルの授業内容を与えてあげた方がいいような、いわゆる「ギフテッド」の子もいますし、一人で壁に向かって集中できる環境を与えてあげた方がいい独特の学習スタイルの子もいます。そうした子どもたちに合理的配慮を提供する場として、「エジソン学級」では完全にパーソナライズされた学習プログラムを展開しています。一見、特別支援学級のように見えるかもしれませんが、発想が全く違い、一人一人に合った「パーソナライズ教育」が展開されています。

 本校が世界的にもユニークだと言われているのは、定型発達の子が中心の学年級でも、パーソナライズ教育に取り組んでいることです。授業の進行や宿題、評価は個人ごとに異なります。計算の解き方や九九の覚え方も、子どもによってそれぞれです。子どもによっては計算機を使ってもいいし、目標をすでに達成している子は発展や応用など、進度に合わせて授業を受けられるようになっています。

 これは一律の授業、一律の評価という「当たり前」を変える取り組みです。とはいえ、最初のうちは教員も不安だったと思います。これまで発達障害の子どもの個別の指導計画を立てたことはあっても、全ての子に個別の学習計画を立てるというのは初めての試みでしたからね。でも、実際に実践してみると、どんな授業でも深堀りするような学習機会が生まれるのです。例えば、国語で「スイミー」を読み終えて魚に関心を持った子は、理科の勉強をしてもいいし、体育で体を動かしているときに「体で距離を測ってみよう」と算数の勉強をしてもいいわけです。学習指導要領にのっとって進めても、パーソナライズ学習を進めていくと、深堀りしたり関連する学びに脱線したりと、逆に時間に余裕が生まれるということも発見しました。

「0の足し算」を実際にボール投げゲームで確認する1年生=奥田理事長提供
「0の足し算」を実際にボール投げゲームで確認する1年生=奥田理事長提供

その場でフィードバックがあれば通知表は不要

――一般的な学校とは、かなり異なるカリキュラムになっているのですね。

 他校の先生や教育の専門家、記者の方たちからは「全校児童全てに個別の学習計画を立てるなんて、本当にそんなことができるの?」とよく聞かれます。可能にしているのはICTです。例えば、国語では視覚教材や動画を使って、教科書に出てくる物語や言葉の理解レベルを確認し、アセスメントを行います。それに基づいて教員が有効な支援を考えたり、子どもが自分で学習目標や計画を立てたりします。タブレット端末やデジタル教材など、入力デバイスなども工夫することで望ましい行動を生起しやすくします。

 デジタル教材や校務支援システムは、企業と協働しながら実装とテストを繰り返しています。学習計画に合わせてデジタル教材が連動する機能を開発中です。授業や単元の理解度がすぐに子どもや教員にフィードバックされるので、毎学期の通知表は作っていません。つまずきを何カ月も後になって指摘されても、巻き返すのは難しいからです。

 子どもの出欠状況に関しても、学校にどのぐらい滞在していたかを全てデジタルで記録し、教員や保護者にフィードバックしています。今の公立学校は、子どもがわずかな時間でも学校にいれば出席扱いにしてしまいます。そのため登校渋りの段階で何の働き掛けもせず、いよいよ学校に来られなくなった段階から不登校扱いをして対応しているわけです。本校ではデジタル化されたデータを基に出欠状況を時間レベルで把握し、保護者に連絡をして相談するようにしています。

 私は長年、学校の初期対応の遅れがきっかけで不登校になり、学業不振に陥るケースを見てきました。3~4日間自宅にいてインターネット動画を見る生活が始まってしまうと、なかなか変えられません。行動分析学の観点から言えば、もっと早期に、例えば学校を2日程度休んだことを検知しないと不登校予防はできないのです。

学習のつまずきや不登校のきっかけを早期発見するためにICTの活用は必須だと話す=撮影・宮島折恵
学習のつまずきや不登校のきっかけを早期発見するためにICTの活用は必須だと話す=撮影・宮島折恵

――学校行事は、どのように実施していますか。

 「見せるための行事」はせず、子どもたちが普段学んでいる「ありのままの姿」を見せています。例えば、先日の運動会でも、国語や算数の授業を何時間もつぶしてまで見栄えを良くする練習はしませんでした。本番はばらばらでしたがそれでいいのです。その方が子どもたちは楽しいし、無理をしなくてすむ。「運動が嫌いだから休む」といったことも起きません。

 これは先生にとっても良いことで、通常の体育の授業中に運動会の準備をしますので、国語や算数の授業をつぶさずにすみ、授業時数に大きな余裕が生まれました。

 先日、本校の運動会を地域の区長さんが見に来て、感動しておられました。「個性を生かすとはこういうことだったのですね」と。その方は公立学校の元校長先生で、おそらく運動会と言えば縦と横の線をビシッとそろえて動くのが当然と考え、ご自身もそうしてきたと思うのです。教員だけでなく、保護者や地域の方とも共に教育の「当たり前」を問い直していく、本校の考えを伝える良い機会になりました。

制限のある「自由」な環境で学べること

――教職員はどのように採用したのですか。

 本校の理念を理解し、学校を共につくっていこうと手を挙げて来てくれた人たちばかりです。学生の頃から私のことを知っていて、新しい学校づくりに賛同してくれた人もいれば、私の主宰する行動分析学の研修会や合宿に参加した人、公立学校の教員を辞めて都市部から家族全員で移住してきた人などもいます。年齢構成もバランスが良く、スタートアップの学校としては非常に良い船出になったと思っています。

 ただ、誤解のないよう伝えておきたいことがあります。ここまでの話で、本校が子どもたちに何でも自由にやらせているように感じたかもしれませんが、そうではありません。制限・管理のある環境の中で自由を保障しているのであって、この2つは矛盾しないと考えています。

 子どもを全て自由にさせるのは、監視員のいない海水浴場で泳がせるのと同じです。波にのまれたり水中で足がつったりしたときにライフセーバーを出動させる、そういう監視や管理の目が行き届いてこそ、子どもたちは安心して泳ぐことができます。

 学校においても安心・安全をつくるための監視・管理は必要です。スタッフにもよく話すのですが、われわれがしていることは「放牧」だけど、危ないところに飛び出さないよう「柵」は必要だよねと。それは「檻」ではありません。人が集団の中で生きていくには、柵との距離感や同じ柵の中にいる他者との距離感を学んでいく必要があると考えています。

 本校の子どもは、自分で決めたことに取り組む場面も用意していますが、基本的には先生が決めたことに取り組むことが中心です。そうした活動の中で、子どもたちを見る「ものさし」は一つではなく、複数持つことが大切だと考えています。30人いれば30通りのものさしがあるし、その一つとして「学力」というものさしも否定しません。

 いじめや不登校の防止も、学力を伸ばすことも、私を動かしているのは教育的な「思想」ではありません。長い臨床経験を通じ、子どもたちとの関わりの中から見いだした「法則」に基づいて動いているのです。もし、本校の考えや取り組みに共感してくれる人たちが増えたら、いずれ中学校や高校もつくってその声に応えていきたいと思っています。

2012年に西軽井沢に移住。すっかり信州の人になったと話す=撮影・宮島折恵
2012年に西軽井沢に移住。すっかり信州の人になったと話す=撮影・宮島折恵

【プロフィール】

奥田健次(おくだ・けんじ) 兵庫県出身。学校人西軽井沢学園創立者・理事長。大阪キリスト教短期大学副学長。(一社)日本行動分析学会理事、日本子ども健康科学会理事、日本場面緘黙研究会常任理事などを歴任。専門行動療法士、臨床心理士 。応用行動分析学、行動療法をもとに親子を支援する心理臨床家。全国各地からの支援要請に応えている。日本国内だけでなく、世界各地にも赴く。日本で初めて行動分析学に基づく幼稚園、小学校を設立・運営する。

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