学校の役割の変化に応じた不登校の支援策を(遠藤洋路)

学校の役割の変化に応じた不登校の支援策を(遠藤洋路)
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「学校に行くのが美徳」という精神

 戦前の「修身」の教科書(1933〈昭和8〉年発行)に、こんな一節がある。小学1年生向けの学習内容である。

 大ユキ ガ フリマシタ。

 トモダチ ハ、 ガッカウ へ イク トチュウ カラ、 ヒキカヘシマシタ。

 ヲガハサン ハ、 ヒトリ デ イキマシタ。

 (尋常小学修身書 巻一 25頁「ベンキャウ」)

 文章の下には、吹雪の中で身をかがめて登校する「ヲガハサン」が描かれている。この教科書の教師用指導書を見ると、実はこの小川さん、一度は友達と一緒に引き返したものの、お母さんに「いけません。さあ、一人ででもいい、今から行きなさい。」と家から連れ出され、泣きそうになりながら登校したという裏話も披露されている。

 修身の教科書に載るくらいだから、当時はこのように身の危険を冒して登校することが、美徳であり、模範的行動とされたわけである。これらの教科書も指導書も、国立教育政策研究所のデジタルアーカイブで見ることができるので、興味のある方はご覧いただきたい。

学校の持つ意味の変化

 ヲガハサンの時代の子どもたちにとって、学校に通わなければ、近代的な学習をすることは難しかった。この単元のタイトルも「ベンキャウ」となっている。学校に行くことと勉強することは、イコールだったのである。

 そのような時代には、無理をしてでも学校に行かせることに、実利的な意味があったのだろう。この教科書が発行された1933(昭和8)年は、日本が国際連盟を脱退した年である。勤勉な労働者と強力な軍隊を育てる基盤として、国民教育の必要性は切迫したものだったに違いない。

 現在では、学校を取り巻く環境は大きく変わっている。まず、日本は当時のような軍国主義と国際的孤立の道を歩んではいない。そして、社会も技術も大きく変わった。学校以外でも学習の場が数多くできている。塾やフリースクールで学ぶこともできるし、インターネットやAIドリルで学ぶこともできる。学習という面では、学校が唯一の場ではなくなったのである。

 かといって、学校に行く意味がなくなったわけではない。学校では、教科の学習に加えて、自己管理、人間関係、社会体験など、社会的自立に必要な経験を積むことができる。学校は、以前のように唯一の存在ではない。しかしながら、最大の教育機関であり続けている。

 こうした変化を経ても、「学校に行くのが美徳」という精神は、根強く残っているのではないか。そのため、長期欠席・不登校への対応として、何とかして登校させよう、と焦ってしまう大人も多い。現在生じているのは、こうした実態と従来からの価値観の乖離(かいり)、そして、そのはざまで行き場をなくした長期欠席・不登校の子どもたちの姿である。

学校内外の両面からのアプローチの必要性

 このような状況に対応するためには、学校を魅力的で有意義なものにし、少しでも多くの子どもたちが通える場にすると同時に、学校外の包括的な支援を充実するという、両面からのアプローチが求められる。

 学校関係者が、不登校児が少しずつでも登校できるようになったことを美談として語るのを目にすることがあるが、それだけでは、「学校に行くのが美徳」というヲガハサンの時代の精神と変わらないように見えてしまう。もちろん、自分の学校に登校してくれるのはうれしいに違いない。しかし、プロとして「登校による支援と、学校外の支援という選択肢の中で、この子には登校による支援が有効と判断したので、そのように勧めた」という説明を期待したい。

 社会的自立という目標に照らして、最も避けるべきなのは、家庭が社会から孤立してしまうことである。そこで熊本市では、学校内外にわたり「どこにもつながっていない児童生徒をゼロにする」ことを目指した多層的な支援体制が構築できるよう、工夫を重ねている。

 まず、毎月の学校から教育委員会への定例報告を通じて、長期欠席者の一人一人について、支援の状況を把握している。ここでは、学校と教育委員会のみならず、フリースクールなどの民間施設、医療や福祉など他分野の機関による支援も含めて把握している。

 フリースクールなどとの連携に関しては、各学校に対し、出席扱いにできる場合の考え方を示している。その中で、児童生徒が学校復帰を希望する場合には、フリースクール側も適切な支援を行うことを条件としている。成績評価についても、フリースクールなどでの学習状況について、学校が評価材料をできる限り集め、評価に反映させるよう求めて、評価材料も例示している。今年度からは、「フリースクール等の民間施設との連絡協議会」を創設し、定期的な情報交換や協議を行う体制も整えた。

 現状では、「どこにもつながっていない児童生徒をゼロにする」という目標の達成には至っていないが、成果は着実に現れており、つながっていない児童生徒の割合は減少している。引き続き、学校内外にわたる多層的な支援の充実により「行きたくなる学校づくり」と「学校に行かなくても孤立しない体制づくり」の両面からの取り組みを進めていきたい。

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