「どうせ自分なんて」と思うのではなく、自分の人生のハンドルを握ろう━━。大阪市立阿武山学園(児童自立支援施設)内にある大阪市立弘済中学校分校(鹿嶽昌彦校長、生徒47人)でこのほど、ライフコーチの三橋亜希子さんによる講演と、自己理解のワークショップが行われた。同校では困難を抱える子どもたちに対し、同学園の職員とも連携しながら、生きる力の育成に取り組んでいる。この日、自分のことを知るためのさまざまなグループワークに挑戦した生徒らは「自分を知ることは大事だし、もっと知りたいと思った」「自分の気持ちや考えをグループの人に言えて、自分にも自信が付いた」と充実感をにじませていた。
同校は、2011年4月に児童自立支援施設「阿武山学園」内に開校し、同学園の子どもたちが学んでいる。児童自立支援施設は、家庭や学校などにうまく適応できなかったり、問題行動につながったりするなど、何らかの困難を抱えてきた児童の立ち直りを図る施設で、全国に58施設ある。その多くの施設では本校や分校、分教室で学校教育が実施されている。
同校の1クラスの人数は、多くて12~13人で、男女別学で学んでいる。月曜、火曜は6時間授業、水曜から金曜は4時間授業など、特別なカリキュラムを編成。各授業はティーム・ティーチングで行われ、子どもたちの習熟度に合わせた授業を展開しており、「勉強が好きになった」と話す生徒もいるという。
2学期のスタートとなったこの日、始業式後にはキャリア教育の一環として取り組む「夢授業」が行われていた。これまで「夢授業」では、各スポーツのプロ選手などさまざまなゲストを招き、挫折や失敗から立ち上がるために必要なことなどについて学んできた。「夢授業」を企画した同校の柴田好生教諭は「過去に否定をされ続けてきている子が多いので、『どうせ自分は無理』『どうせ自分なんて』と自己肯定感が低い子が多い。さまざまな人との出会いや人生に触れることで、少しでも自己肯定感が高まれば」と、意図を説明する。
同日は、過去に教育新聞で「今、教員に必要な『コーチング』とは」を連載したライフコーチの三橋さんが登壇し、自身のこれまでを語りながら「どんな人生を生きたいか」を考える講演と、自己理解のワークショップを行った。
「自分の人生を生きていますか? 『どうせ自分なんて』と、自分を否定して生きていませんか?」
講演の冒頭、三橋さんは生徒たちにこう投げ掛けた。三橋さんは、幼少期の父親のアルコール依存症や虐待、両親の離婚やヤングケアラーの経験などを赤裸々に語った。「家には安心できる居場所がなかった。だから、学校でも友達に嫌われないことを常に考えていた。選択・行動の基準は『どうしたら人に嫌われないか』。そうして人に嫌われないように選択して行動していたら、自分に嫌われ、自分の気持ちも分からなくなっていった」と打ち明けた。
高校進学時は、行きたい高校があったけれども、さまざまな事情を考え、確実に行ける学校を選択したと言い、「当時、諦めたのは自分だったのに、その選択を“人のせい”にしていたと思う」と振り返った。
三橋さんにとって大きな転機となったのが、東日本大震災だった。「当たり前の日々なんてない。明日が当たり前に来るとは限らない」ことを改めて実感した。「そうだとしたら、私は、本当はどうしたいんだろう?」。変わりたいと三橋さんが悩み、もがいているとき「ライフコーチング」に出合い、物事の捉え方が急に広がった感覚があったという。
その後、コーチングの資格を取得し、現在は「誰も孤独にしない社会をつくる」ため、子どものコーチングや、保護者・教員向けの講座・研修、講演活動を行っている三橋さん。
「人が可能性を広げるために必要なのは、内側(自分)の願いと、外側(人)からもらえるきっかけ」と強調。「親も、生まれてきた環境も変えることはできない。でも、過去の選択も、今も、これからの未来も『正解』に変えるのは自分自身。どうせ自分なんてと思うのではなく、自分の人生のハンドルを握ろう」と生徒たちにエールを送った。
その後は、生徒3~4人のグループにコーチングスタッフが1人入り、自己理解ワークショップに挑戦。最初は緊張している様子だった生徒らも、話していくうちに表情が和らいでいった。
例えば、「自己受容/自己肯定感」「他者信頼」「貢献感」を点数化して表現するワークでは、グループワークに参加していたスタッフらの話によると、特に「他者信頼」「貢献感」で低い点数を付けている生徒たちも見受けられたという。その理由について生徒たちは「全部信じたら裏切られるから」「何の役に立っているか分からない」「人を信じるとか、自分を信じるということがよく分からない」などと話していたそうだ。
一方で、「貢献感」について高い点数を付けていた生徒らに尋ねると、「後輩が話をしやすいように楽しい雰囲気をつくっている」「みんなが居やすい場をつくる」とクラブ活動での取り組みを話したという。
どのグループの生徒も一つ一つの問いに対して深く考えていた様子が見られ、スタッフからは「思春期の多感な子どもたちが、こんなにも心をオープンに話してくれることに驚いた」といった声も上がっていた。
その後も自分の弱みをポジティブに捉え方変換するワークや、2学期の終わりにどんな自分になっていたいのかを考えるワークなどに取り組んだ生徒たち。三橋さんは「自分を知るということは、自分の思考のくせや思い込み、偏った考えに気付くことでもある。『できない』ではなく、『やっていない』だけかもしれない。『変われない』ではなく『変わろうとしていない』だけかもしれない。未来は、過去の延長だけじゃないよ」と優しく語り掛けた。