自民党総裁選の結果を受けて、10月1日に召集される臨時国会で新たな首相に石破茂氏が選出される見通しだ。次期学習指導要領に向けた議論や教員の処遇改善、働き方改革の行く末など、国の教育施策は課題が山積しているが、ここで一度、約3年続いた岸田文雄政権の教育・こども政策を振り返りたい。特にこども政策では、前の菅義偉政権の構想を引き継ぎ、こども政策の司令塔となる新たな省庁「こども家庭庁」を創設。「異次元の少子化対策」を掲げ、さまざまな子育て支援策の新設・拡充を打ち出したが、財源確保や効果検証を含め、取り組みは道半ばだ。
愛用のノートを手に「聞く力」をアピールした岸田氏が第100代内閣総理大臣となり、第1次政権を発足させたのは、コロナ禍がまだ続いていた2021年10月4日。文科相には末松信介氏、こども政策担当相には野田聖子氏が就任し、それまで文科相を務めていた萩生田光一氏は経産相としてとどまった。
同8日に行われた所信表明演説で、岸田首相は「全世代型社会保障」を掲げ、子育て支援の促進やこども目線での行政の在り方を検討し、実現していくと訴えた。
その後の衆院解散・総選挙を挟み、政府は2013年に第2次安倍晋三政権によって設置された「教育再生実行会議」を廃止し、後継となる「教育未来創造会議」の新設を閣議決定した。創造会議はその目的を「わが国の未来を担う人材を育成するためには、高等教育をはじめとする教育の在り方について、国としての方向性を明確にするとともに、誰もが生涯にわたって学び続け学び直しができるよう、教育と社会との接続の多様化・柔軟かを推進する必要がある」とし、22年5月には高校段階における早期の文理選択からの転換や女子高校生の理系選択者の増加に向けた取り組みの推進、多子世帯や理工系・農学系の学部で学ぶ学生への給付型奨学金の支援拡充、卒業後の所得に応じて柔軟に返還できる貸与型奨学金の「出世払い」の仕組み創設などを盛り込んだ第一次提言をまとめている。これらの奨学金制度の拡充は、後述する「こども未来戦略」にも反映された。
また、23年4月に取りまとめられた第二次提言では、若者の留学促進をうたい、33年までに日本人学生の派遣を50万人に、外国人留学生の受け入れ・定着を40万人に拡大する目標を掲げた。創造会議の提言を見る限り、岸田政権の教育に対する関心は理系の強化や国際化をはじめとする高等教育改革にあったことが伺える。
岸田政権が取り組んだ主要政策として特筆されるのが、こども政策だ。
菅政権末期の21年9月に設置された「こども政策の推進に係る有識者会議」では、こども政策の柱と具体的な施策が検討され、同11月には子育てや教育に関する経済的負担の軽減などを目指す「こどもに関する政策パッケージ」を策定。同12月に閣議決定した「こども政策の新たな推進体制に関する基本方針」では、こども政策の司令塔として創設する「こども家庭庁」のグランドデザインを示すなど、政策がどんどん具体化していった。
そして、22年6月には、国会で「こども家庭庁設置法」が成立し、内閣府にこども家庭庁設立準備室が開設された。こども家庭庁の発足が目前に迫った昨年1月、岸田首相は年頭記者会見で「異次元の少子化対策に挑戦する。そんな年にしたい」と発言。6月にまとめる経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)で将来的なこども予算倍増に向けた大枠を提示するとし、当時の小倉将信こども政策担当相にこども政策の強化策を取りまとめるよう指示した。
こども家庭庁の発足間際となる昨年3月、「異次元の少子化対策」の実現に向けたたたき台として、児童手当の所得制限撤廃・高校生年代までの延長、0~2歳児が月に一定時間、保育所などを利用できる「こども誰でも通園制度」の創設、高等教育の負担軽減拡充などを打ち出した「こども・子育て支援加速化プラン」を取りまとめた。この加速化プランを実現するには、3.6兆円が必要とされ、その財源は規定予算の最大限の活用に加え28年度までに徹底した歳出改革を行うこと、賃上げによって実質的な社会保険負担軽減効果を生み、その範囲内で社会保険制度を通じて拠出する支援金制度を構築することで、実質的な負担が生じないようにするとした。
この加速化プランはこども家庭庁発足後、政府内に設置された「こども未来戦略会議」でさらに具体化され、昨年末には「こども未来戦略」として閣議決定した。
また、こども政策の基本方針については、「こども政策の推進に係る有識者会議」の議論を引き継ぐ形でこども家庭審議会で検討が進められ、こども大綱、「幼児期までのこどもの育ちに係る基本的なビジョン」「こどもの居場所づくりに関する指針」として結実。「こども未来戦略」と合わせて閣議決定された。
一方で、これらのこども政策が全て順調に具体化していったかというと、そうでもない。
例えば、子どもへの性暴力を防ぐための仕組みとして日本でも導入が求められていた日本版DBSは昨年、こども家庭庁の有識者検討会の報告書を踏まえ、早ければ秋の臨時国会で法案を提出すると見られていたが、関係団体や与党内からも懸念の声が相次ぎ、法案提出がずれ込むこととなった。その後、今年6月には国会でこども性暴力防止法が成立している。
他にも、「こども未来戦略」で盛り込まれた施策を実現していくための財源の一つとなる支援金についても、1人当たりの拠出額を巡り、国会で野党から厳しい批判を浴びている。
少子化対策の必要性やこども政策の重要性については多くの国民が理解しているものの、各政策レベルに落とし込まれたときに、一定の納得を得られるような説明がまだまだ不十分というのは、課題と言えるかもしれない。
岸田政権で学校教育に関連した施策に改めて目を向けると、23~27年度の教育政策の基本方針を定めた第4期教育振興基本計画の策定や、教職調整額の引き上げによる教員の処遇改善などを盛り込んだ中教審答申「『令和の日本型学校教育』を担う質の高い教師の確保のための環境整備に関する総合的な方策について」をはじめ、枚挙にいとまがない。
しかし、あえて課題と成果を一つずつに絞ってそれぞれ挙げるとするならば、課題には教員不足とその対策がある。
学校現場での教員不足は以前から指摘されていたが、文科省は初めて実態調査を行い、22年1月末に結果が公表された。その対策として、教職の魅力向上や処遇改善、特別免許状の活用、大学院を卒業し、教職に就いた場合の奨学金返還免除など、さまざまな方策が打ち出されている。中でも教員採用試験では、実施時期を前倒ししたり、大学3年生で一次の筆記試験を受けられたりする取り組みを推進しているが、これらの施策がどこまで効果があるのかは、今後の検証が必要だろう。
一方で、成果として注目するならば、GIGAスクール構想で導入された学習者用端末の機器更新について、基金を創設して都道府県で共同調達ができるようにしたことだろうか。
学習者用端末はコロナ禍のオンライン授業などに対応するため、市町村で一気に導入が進んだ。これにより日本の学校のICT環境は世界トップレベルに躍り出たが、その一方で市町村によって端末の仕様やスペックにばらつきがあり、いずれやってくる機器更新の費用が懸案となっていた。全国知事会などからの要望を踏まえ、昨年11月に閣議決定された総合経済対策で、岸田首相は各都道府県に基金を設置し、端末の計画的な更新を行えるようにした。更新にあたっては、都道府県単位の共同調達を基本とすることから、仕様やスペックも統一でき、スケールメリットを生かしてコストを抑えることも期待できる。
次の政権でも、給特法改正やこども施策の実施など、これまでの取り組みを継承し、ロードマップに基づいて着実に進めていくことが求められる。一方で、政権として教育や子どもを巡る政策にどのような独自色を打ち出していくのかも、大いに気になるところだ。