次期学習指導要領に向けた議論が、間もなく本格的にスタートしようとしている。今年度内には中教審に諮問される見込みだ。そこで今回のオピニオンでは、私が次期学習指導要領に何を期待するか述べていきたい。訴えたいことは山ほどあるというのが本音だが、ここではいくつかに絞ってお伝えする。
まずこれまでの学習指導要領を振り返ると、いずれも過去のものをベースにしながら、どこかを少し変えたものを「改訂」としていたように思う。私から見ると、「アップデートしたかのように見せかけた」という程度の修正だ。
これまでは、学校現場で教育の最前線に立ち、実際に子どもの姿を目の当たりにしている第一人者の方々が中心となって、議論を主導したことはなかったのではないかと思う。むしろそういった方々を差し置いて「改訂」を重ねてきたというのが、実際のところだったのではないか。
学習指導要領をつくる上で出発点にすべきなのは、今の子どもの姿であり、現在の事実だ。そして、教育とは未来をつくるものだ。過去にとらわれてはならない。
教育に関しては「不易と流行」といった言葉がよく話題に上がるが、現実に今、この国では1年間に500人を超える小中高生が自ら命を落としている。また、昨年10月に文部科学省が公表した調査では、2022年度に「不登校」と言われる状態にある児童生徒の数が29万9048人、小中高・特別支援学校での暴力行為の発生件数が9万5426件と、いずれも過去最多だった。これが子どもの事実だ。
にもかかわらず、「過去に議論してきたことは土台としてそのままに、少し修正したものを『改訂』として今回も出しましょう」という進め方では、今の子どものあってはならない事実をそのまま継承していくだけではないか。
現行の学習指導要領を例にとって考えてみよう。子どもの自殺などの事実を踏まえた上で改訂の議論がなされ、2017~19年に告示されたが、議論された当時から5年以上がたった今、子どもの事実はどうなったか。改善されるどころか、子どもの自殺は22年に過去最多となり、23年もほぼ変わらず。事態は一層深刻化していると見るべきだろう。
学習指導要領が真に子どもの事実を捉えてつくられ、さらにその内容が学校現場に浸透しているのであれば、こうはならないはずだ。OECD生徒の学習到達度調査(PISA)など数値化された学力や体の発育などは世界の水準と比べても高く、それで喜ぶ人もいるのかもしれないが、では子どもの幸福度はどうか。
国連児童基金(UNICEF)が20年に公表した報告書「子どもたちに影響する世界」では、日本の子どもの幸福度は先進38カ国中20位で、精神的な幸福度については37位とほぼ最下位だった。精神的な幸福度が低いから、子どもが自ら命を絶つのではないか。学校に行けないことや、学校での暴力行為などとも密接に関わっているだろう。
学習指導要領を少し改訂したくらいでは、子どもの事実は変わらなかった。子どもが学校に魅力を感じ、「未来をつくるために学校で学びたい」と自ら思えるようになるには、むしろこれからは、学校現場から離れたところでつくる学習指導要領とは真逆の、子どもの事実から出発する学習指導要領へと進むべきなのではないか。
新たに学習指導要領をつくるに当たっては、目的を少なくとも子どもたちの自殺をなくすことに置かなければならない。そのためには、子どもの事実と子どもの声を出発点に、過去は全て捨ててリスタートするべきだ。
そういう学習指導要領をつくる上で、まず重視してほしいのが子どもの権利条約だ。ここで同条約について説明することは省くが、一度でもきちんと読み通して十分に理解すれば、「先生の指示通りに子どもが動く」「そうなるよう先生の指導力を高める」などという発想は生まれてこないはずだ。
国の行政で学習指導要領の「改訂」などに関わる方々には、この意味が分からないかもしれない。だから、学校現場にいて同条約の意義に気付いている人間が声を上げなければ、学校は変わっていかない。「先生が頑張れ」「先生が頑張ったら、子どもは世界で誇れる人間になる」などという声はもういらない。過去を捨てた上で、今まで誰も見たことがない日本の学校教育をつくらなければ、日本は進化しない。私は真剣にそう危惧している。