2024年1月1日、石川県能登地方を震源とする最大震度7の地震が発生した。輪島市では大津波警報の発令と同時に火災が発生。観光スポット「朝市通り」周辺は壊滅的な被害を受けた。石川県立輪島高校に勤務する寺田知絵教諭は、この朝市をはじめ地域をテーマにした総合的な探究の時間「WAJI活(わじかつ)」を担当する地歴公民科の教員だ。探究するフィールドを失った中で、どのように再興の道を歩んでいるのか。オンラインで話を聞いた。(全3回、インタビューは8月6日に行ったものです)
――県立輪島高校は、創立100周年を迎えたと聞きました。
そうですね。震災前の2023年10月に創立100周年の記念式典を執り行いました。大正時代に誕生した輪島中学校と、輪島町立高等女学校を前身とし、「誠実・覇気・努力」の校訓の下、これまで1万6000人以上の卒業生を送り出してきました。現在、普通科に普通コースとビジネスコースの2つのコースを置き、今年度4月の生徒数は254人です。能登北部地域の拠点校ですが、学力層の幅広い生徒が集まっています。かつては市内全域から生徒が通っていましたが、震災で生徒数が減り、今年度の新入生は隣接する輪島中学校からのみとなっています。
――「WAJI活」という総合的な探究の時間が、軌道に乗り始めていた年だったそうですね。
「WAJI活」は2020年度からスタートした本校の「総合的な探究の時間」の名称です。それ以前にも「総合的な学習の時間」で地域に軸足を置いた取り組みを模索していたのですが、なかなかうまくいっていませんでした。というのも、生徒たちは小学校や中学校ですでに輪島についての調べ学習を何度も経験していて、関心が金沢や関東・関西に向いていたからです。
どうにか良い方向に向けられないかということで始まったのが、「WAJI活」です。地域の魅力を再発見し、探究する過程や成功体験を通して自己変容を促したいと考えていました。グループ探究や個人探究も試しましたし、テーマも自由に設定してみるなど試行錯誤を続けました。
そうして2020年から3年間取り組む中で、見えてきたことがいくつかあったのです。1つは、探究は教員ではなく生徒中心で動くので、活動のコアになる生徒をいかに育てるかがキーになりそうだということ。もう1つはベテランか若手かにかかわらず、生徒の探究を支える教員の育成が重要だということです。
本校はこれまで学年主体で動くことが多かったので、生徒が学年を超えて学び合い、1年生から2年生へ、2年生から3年生へと継続的な研究につなげられるかが、「WAJI活」がうまくいくポイントになるのではないかと考えていました。
――2023年度の取り組みを通じ、これだと思う手応えは得られたのでしょうか。
1学年の最初の半年で取り組む「不自由研究」は、生徒にも教員にもメリットが大きい活動でした。大学のゼミのように学年の教員10人がテーマや課題をあらかじめ設定し、生徒が選んで探究をするというものです。テーマ設定は各教員にお任せしました。「ゆるキャラの地域活性効果の検証」といったものから、釣りや筋トレ、アニメなどといったものまで、多種多様です。テーマ設定が生徒ではなく教員に任されているので、「不自由研究」と名づけました。
最初から生徒に課題設定をさせると、どうしても時間がかかってしまい、実際の活動時間が短くなってしまうことが往々にしてあります。それならば、先に探究サイクルを生徒に経験させた方がいいと思ったのがきっかけです。教員の中にも、「探究の経験がない」「探究は苦手」などと言う人がいましたが、「自分が設定したテーマに集まってきてくれた生徒たちならば」と、自分事として捉えてくれました。
探究では、1年の早い段階で探究のスキルを知り、面白さに気付いてもらうことが大事です。そのため、生徒たちはIターンしてきた起業家に輪島の魅力を聞くなどの刺激を受けながら、グループで探究に取り組みます。
――探究の「面白さ」に気付くことが大事なのですね。
そのためには、先ほどお話したように「コアになる生徒」を育てることが大事です。本校の平野敏校長は、生徒が関わりを持てる外部のプロジェクトやイベントの情報を集めて、生徒たちに投げ掛けてくれています。意欲のある生徒は、1年次からそういった活動に積極的に参加します。成長して帰って来た姿が、他の生徒に与える影響も大きいものがあります。
あるグループは1年次に、石川県教育委員会が主催する「企業と連携したアントレプレナーシップ教育推進事業」に参加し、翌年は「スマート白杖(はくじょう)のレンタル×輪島の街づくり」を2年次のグループ探究で提案していました。
「スマート白杖」とはカメラセンサーを搭載した白杖で、横断歩道や自転車などを検知して知らせてくれます。「これをレンタルできるようにしたらどうだろう」と考え、実際に「スマート白杖」を開発中の群馬県立高崎高校の生徒と情報交換を行い、県社会福祉協議会と連携して、実行に移そうとしていました。
また、輪島市の公共交通を考えるグループは、富山県の先行事例を研究し、輪島市内に自動運転ができる電動カートの導入を市長に提言しようとしていました。市が2021年度に立ち上げた「輪島市高校魅力化プロジェクト」の中に、「WAJI活」を支援してくれるスタッフが配置されていて、外部とのコーディネートも手助けしてくれていたのです。また、3年生はこれまでの探究の活動報告を行い、後輩への引き継ぎやサポートをしようとしていたところでした。
ところが、残念なことに今年1月以降は、震災でほとんどのプロジェクトが中止になってしまいました。生徒たちが市外へ避難したり、転学したりするケースもあり、「WAJI活」は「何もできなかった」と言っていいほど、とん挫しました。次の学年にテーマを引き継ぐのも難しい状態で、慌ただしく年度末が過ぎていきました。学校のサーバーも回線が遮断され、そもそも資料やデータなどが何もかも使えなくなっているような状況でした。
加えて、生徒たちが取り組もうとしていた活動の多くは、地元の輪島市が舞台でした。連携していた市内の企業も震災で大きな被害を受けました。廃業を余儀なくされた企業もあります。朝市通りの建物も場所も、全てが火災でなくなってしまいました。
【プロフィール】
寺田知絵(てらだ・ちえ) 石川県珠洲市出身。筑波大学を卒業後、石川県で地歴公民科の教員として採用される。2校目の輪島高校では探究「WAJI活」の担当として活躍中。昨年度は3年生の学年主任として、被災後も卒業アルバム制作に力を尽くすなど奮闘した。