情報教育も積み上げを 「みんなのコード」利根川代表に聞く

情報教育も積み上げを 「みんなのコード」利根川代表に聞く
「みんなのコード」利根川代表理事=撮影:秦さわみ
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 次期学習指導要領に向けた議論で重要なテーマとなるのが、ICT技術や生成AIの目覚ましい進化への対応だ。学校でのプログラミング教育の推進などに取り組むNPO法人「みんなのコード」は今年7月、次期学習指導要領を見据えて小中高での情報教育の体系的な学習を目指したカリキュラムモデル案を公表した。文部科学省の生成AIの利活用に関する検討会議の委員も務める同法人の利根川裕太代表理事は、情報活用能力の重要性を指摘し、小学校から高校まで情報教育を系統的に積み上げて学ぶ形にしていく必要があると強調する。

学校間の情報教育の格差に懸念

――まず現行の学習指導要領について、どのように評価していますか。

 現在の学習指導要領で学習の基盤となる資質・能力の中に情報活用能力が位置付けられたことは、大事なポイントと考えています。小学校のプログラミング教育必修化や中学校の技術のプログラミング教育の拡充、高校の「情報Ⅰ」の必履修化ですね。個人的には小学校のプログラミング教育に関して、2016年に文科省の有識者会議に呼んでいただいたこともあり、もう少しこうできていたらと思う部分もありますが、2020年代の道しるべとしては妥当だったと思います。

――そこから時間が経過する中でどんな課題が浮かび上がり、今回のモデル案の公表につながったのでしょうか。

 2020年代の学習指導要領がスタートしていい面や悪い面が見え始めたところで、われわれとして何をすべきか考えました。一つは学校現場でのプログラミング普及などがありますが、それは一義的には教育委員会の仕事ではないかと考えて、私たちは未来をつくる、次の教育の見通しを示すことが必要だと感じました。

 プログラミング教育や学校向けに開発した生成AIツールによる学習支援などに取り組む中で感じたのが、学校間で情報教育に大きな差がつくことへの危機感です。具体的に言うと、熱心な校長や教員がいるA小学校で進んだ情報教育が行われても、隣のB小学校で進んでいなければ、両方の児童が進むC中学校では振り出しに戻ってしまいます。さらにC中学校とⅮ中学校で学んだ生徒が、E高校に進む場合も同様です。現場に行けば行くほどこうした懸念を感じました。

 考えてみると、小中高でこれほどばらつきのある教科はありません。小学校では情報活用能力は各教科等で育まれるとされ、扱う内容も時間もバラバラです。中学校では技術の中の一部で扱われますが、高校では教科として基本的には「情報Ⅰ」を学ばないといけない。これだけ大事な教科が、小学校から高校まで分断され、積み上げられていません。そこで小中高と各学校段階で何を学ぶのか、他教科と同様に情報教育も積み上げて学んでいかなければいけないと考え、12年間を通して系統的なものを示すことになりました。

――22年に「2030年代の情報教育のあり方についての提言」を発表し、それを基に70ページにおよぶカリキュラムモデル案を示しました。一つのNPO法人でこれほど詳細なモデル案を示すのは異例ではないでしょうか。

 日本は民主主義ですから誰が提言してもいいと思いますが、私たちなら書けると思えた部分はあります。小中高それぞれにバックグラウンドを持つスタッフや、文科省で俯瞰的に見てきたスタッフ、さらにエンジニアや海外事情に詳しい者もいます。こうしたメンバーが密に連携して12年間を通した学びをどう組み立てようか、その先に何が必要かを約2年間、集中して議論を重ねました。NPOなのに出したというより、むしろさまざまなバックグラウンドを持つチームのNPOだから出せたのかなと今は思います。

主体的に課題を発見、解決をはかる資質・能力を

――公表されたカリキュラムモデル案のポイントはどこにありますか。

 モデル案では、小中高の12年間を通して情報活用能力を十分に育成するために、「情報」について学ぶ時間を明確に確保すべきであると示しました。小学校では「情報を学ぶ時間」の新設、中学校では「技術・情報」科の新設、高校では情報科の必履修科目の増加などを示し、それぞれの学校段階で身に付けてほしい知識や体験といったコンテンツ・コンピテンシーを示しました。

 ただし、実は私たちが最も重視しているのは1章の基本方針です。そもそも社会が大きく変わる時代性や子どもたちが置かれている状況を考えたときに、何を学んでほしいのか。人と同じことができることはもはや価値ではなく、多様なその子らしさを発揮させることが大事だと考えています。今後の社会では予測できない問題に対応していこうとする姿勢が必要で、問題発見・解決能力が学校教育でも重要視されます。そこで多様な表現や課題解決につながる活動といった体験を通して、自己肯定感を育んでほしいとの思いを込めました。

 根っこにある課題感としては、創造的な活動を通して試行錯誤することが今の学校教育には足りていないと感じていることがあります。能動的、主体的に問題を発見し、解決を図る資質・能力が身に付けば、大人になって何かやりたいと思ったときにそこで学習できます。モデル案ではコンテンツ・コンピテンシーを体系的にまとめることにも全力で取り組みましたが、基本方針と両方を見ていただきたいと思います

今の教室の姿と30年後の社会を見据えた議論を

――情報教育に限らない部分で、次期改訂に向けて必要と考える視点はありますか。

 生成AIの影響は情報の範囲に限らず、社会の在り方が変わってくることを考える必要があります。つまり大人になったときに必要な資質・能力が変わってくるということです。ざっくりいうとコンピューターが得意なことと人間が張り合うのは、一番筋が悪いわけです。そこで人間は何をするべきか、ここはきちんと問わなければいけないと思います。また、より多様性やダイバーシティの要素は必要ですし、特に日本の場合、プログラミングやコンピューター・サイエンス分野ではどの学校段階でもジェンダーギャップが認められていますので、是正が必要と考えています。

 それと教室の今の子どもの姿と、今から議論される学習指導要領が使われる2030年代、さらに言うと30年後の社会の両方を考えることが必要だと思います。30年後を予測するのは困難ですが、例えば30年前を振り返るとヒントがあり、相当変わってきた部分があります。この両方をきちんと見ている人が意外と少ない気がします。未来の社会と教室のリアルな子どもの姿の両方への視点を持ちながら考えてほしい。例えば普段教室にいる方なら未来を見据えてほしいですし、社会の変化を見ている方であれば教室を見てほしい。その未来と教室の姿を両方掛け合わせて、こう進むといいんじゃないかと予測しながら議論を積み上げていくと、いいものが生まれてくるのではないかと思います。

――教育現場の最前線に立つ教員などには、こうした議論や変革にどう向き合ってほしいと考えますか。

 一番尊く大事なのは、やはり現場です。私たちが教材を作ったり提言を出したりしてもそこからすぐに変化が起きるわけではなく、いろいろな経路を経て学校の先生から子どもたちに伝えていただくことで初めて教育に生かされます。今回の提言もしっかり情報教育をやりたいという先生から「こうして整理してもらえてありがたい」といった反響が届いています。今回のモデル案は学習指導要領に限って発信したわけではありませんし、現場の先生が取り入れてくれる学校が増えてくるのはありがたいです。私たちが示したコンセプトを、いろいろな学校で落とし込んでいただけると、だんだんうねりとなって広がっていくかと思います。

AIに負けない人間性と情報技術の学びは車の両輪

――今後の議論への期待とNPOとしての関わり方について教えてください。

 次期学習指導要領を作るにあたって、いろいろな対話が生まれることを期待しています。議論が活発化する中で私たちが示したモデル案がその一助になれば、作り手冥利(みょうり)に尽きます。AIが出現したことで、AIに負けない人間性が必要だというと多くの教育者が賛同されますが、一方でAI時代に必要な情報技術の力を身に付けることも必要で、これらは車の両輪として議論すべきです。情報分野での児童生徒の創造的な活動を重視した学習活動は、学校生活や家庭生活、社会生活と全ての子どもたちの未来に直結する学びとなるものですし、これからも強く課題提起していきたいと考えています。

 

【プロフィール】

利根川裕太(とねがわ・ゆうた) NPO法人「みんなのコード」代表理事。2015年に「みんなのコード」を設立、全国の学校でのテクノロジー教育の普及を推進する。16年に文科省「小学校段階における論理的思考力や創造性、問題解決能力等の育成とプログラミング教育に関する有識者会議」委員を務め、現在、同省の「初等中等教育段階における生成AIの利活用に関する検討会議」委員を務める。今年4月に横浜美術大学の客員教授に就任。

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