管理職任せのメンタルヘルス対策 首長部局主導で抜本的な立て直し

管理職任せのメンタルヘルス対策 首長部局主導で抜本的な立て直し
学校の働き方改革と教員のメンタルヘルス対策を説明する那覇市の古謝副市長=オンラインで取材
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 公立学校の教員における精神疾患による病気休職者の割合が全国で最悪レベルになっている那覇市で、首長部局が積極的に動き、教育委員会と連携しながら、学校の働き方改革と教員のメンタルヘルス対策への取り組みが進められている。那覇市の古謝(こじゃ)玄太副市長は10月29日のオンライン講演で、市内の小中学校の全教員を対象としたアンケートを通じて教員負担の実態を「見える化」し、学校現場への支援員の増員など予算措置を含めた対応策を打ち出している現状を説明した。教員アンケートによると、那覇市の教員の3人に2人がメンタル不調になったことがあると感じており、その要因を巡って管理職と一般教員の認識ギャップがある実態も浮かび上がった。那覇市では、教員のメンタルヘルス対策を校長や教頭などの管理職任せにしてきた従来の学校の労働安全衛生管理について、保健師などの外部人材を活用しながら抜本的な立て直しを目指している。

教委だけに任せなかった理由「地域の未来に直結」

 教員不足は沖縄県でも大きな課題になっている。その要因について、古謝副市長は▽過重な業務量による超過勤務▽メンタルヘルスを要因とする休職者の増加▽教員志願者の減少--と説明した。とりわけ、沖縄では教員のメンタルヘルスの状況が深刻で、全国ワーストとなっている。文部科学省によると、精神疾患を理由に病気休職した沖縄県の教職員は229人(2022年5月1日現在)。全ての教職員に占める割合は1.45%で、全国平均(0.71%)の2倍を超える。沖縄県の中でも、那覇市の状況は一段と厳しい。那覇市立小中学校の精神疾患による休職者数は32人で、教職員に占める割合は1.84%となり、全国小中学校平均(0.74%)を大きく上回っている。

 こうした深刻な事態を受け、那覇市では、公立学校の教員を所管する教委だけに任せるのではなく、予算編成権などを持つ首長部局が主導して、「学校の働き方改革」と「教員のメンタルヘルス対策」を両輪として取り組む体制をとった。

 教育長をトップとする教委だけに任せなかった理由について、古謝副市長は「学校の働き方改革と教員のメンタルヘルス対策は本来、教委の組織で担当するものだが、予算などは首長部局が握っている。地域にとって人材は一番の未来への投資になるので、教員不足は地域の未来を担う人材育成の問題に直結する。市議会でも相当取り上げられ、市長と相談して『早急に手を打たないといけない』と考えた。このため、教委任せにせず、副市長の私と教育長が連携して対策をとっていくことにした」と述べた。

教員アンケートで負担を「見える化」し、すぐに予算措置などで対応

 学校の働き方改革では、第1段階として23年5月、首長部局と教委による横断的なプロジェクトチーム「教員負担軽減タスクフォース」を設置し、副市長と教育長がチームリーダーに就くことを市長が記者会見で発表した。

 第2段階として、教員の負担となっている具体的な項目の「見える化」に取り組んだ。「教員が多忙化している理由については、部活動や保護者対応、DXの未整備など、いろいろな意見がある。具体的にどこが負担になっているのかを『見える化』して、順次対策を打っていく形で進めることにした」と、古謝副市長は説明する。

 教員の過剰な負担を「見える化」するため、市内の小中学校に勤務する全教員1628人を対象にウェブ形式でアンケートを実施し、1027件の回答を得た(回答率63%)。アンケートの調査結果から、何を負担と感じているかを4つの項目に分類してランキングし、それぞれの負担を軽減するためにどのような対策が必要かをあぶり出していった。ここで「優先順位をつけ、より重要なものから、できることから順次対策を打っていく」という第3段階に入っていく。

那覇市「学校の働き方改革」に関する教員アンケートの結果と対応策
那覇市「学校の働き方改革」に関する教員アンケートの結果と対応策

 4つの項目ごとに、那覇市の教員アンケート結果とそれに応じた教員の負担軽減策を見てみる。

 (1)は「学校と関わる支援員等の拡充が必要だと思うもの」で、これは学校現場のマンパワーの拡充になる。教員自体の加配を求める意見も当然あるが、学校教育法で定められた現在の県費負担教職員制度の下では「市町村では、どうしようもできない」(古謝副市長)ことから、市町村が措置できる補助スタッフを中心にアンケート結果をまとめた。それによると、「特別支援教育補助員」「学習支援員」「スクール・サポート・スタッフ」の順になった。これを受け、那覇市では23年度補正予算で、特別支援教育補助員を88人から100人に拡充し、24年度当初予算でさらに4人増やした。また、スクール・サポート・スタッフの勤務時間延長や追加配置を、23年度補正予算と24年度当初予算で措置した。予算編成権を持つ首長部局と教委の連携が早速効果を発揮したかたちになっている。

 (2)は「保護者・地域等への対応で負担に感じているもの」で、「保護者からの相談」「学校内のPTA活動」「地域からの依頼」が挙がった。ここでは、学校で起こるトラブルやいじめなどに法的なアドバイスを行うスクールロイヤー事業を拡充した。23年から管理職向け研修を行い、24年度には弁護士への法律相談体制を整備、25年度にはさらに事業を広げる考えだという。

 (3)は「授業や指導で負担に感じているもの」で、「生徒指導」「成績処理」「授業準備」と続いた。古謝副市長は「ここは教員が一番向き合うべきところで、安易に外部化ができない。ただ、どうやって効率化するかという点はあると思う」と説明。手作業による採点・集計を効率化するため、市内の中学校に採点システムの導入を23年度補正予算に盛り込んだ。

 (4)は「学校外のイベント・行事で負担に感じているもの」で、「夜間街頭指導」「やる気・元気旗頭フェスタinなは」「那覇ハーリー」が挙げられた。夜間街頭指導は地域活動の中心となっている青少年育成連絡協議会に対し、教員の参加は情報交換会だけに絞り、夜間の街頭指導への参加を不要とした。地域行事の旗頭フェスタについては、学校中心とした実施方式から地域でチームを結成する方式に変換した。伝統的なボートレースである那覇ハーリーは「地域で指導してもらえないかと考えたが、なかなか担い手がいない。次善の策として、指導を担当した教員にハーリーの保存会から支援金を支給することにした」(古謝副市長)という。

 この他にも学校の働き方改革として、▽春休みの期間を12日間から18日間に6日間延長し、新年度の準備を円滑化する▽校務支援システムの利用を職員室だけではなく、教室内での入力を可能にする--といった取り組みを実施。こうした改革の内容を一覧化した資料を作成し、教員一人一人への浸透を図っている。

メンタル不調、教員の3人に2人が「なったことがある」

 教員のメンタルヘルス対策では、校長と全教員を対象としたアンケート調査を実施した。小学校18校、中学校9校の全27校を対象とした校長アンケートでは、教員のメンタルヘルス問題に対して管理職だけで対応せざるを得ない状況にあり、メンタル不調による休職者の対応に不安を持っている管理職も多いことが分かった。また、学校は校長と教頭の管理職以外は全て一般教員といった「鍋ぶた組織」になっており、ラインケアの難しさがあることも浮き彫りになったという。

那覇市がメンタルヘルスについて全教員に行ったアンケートの結果
那覇市がメンタルヘルスについて全教員に行ったアンケートの結果

 一方、全教員を対象としたアンケート調査では、回収された771件(回答率54.1%)に対し、「メンタル不調になったことがあると感じている」と答えた教員が65.4%にも達した。そのうち、「メンタル不調になった要因は職場にあると感じている」と答えた教員は69.3%だった。

 古謝副市長は「実際に休職までは至っていなくても、『これ、やばいなと思ったことがある』と答えた教員が全体の3分の2に上ったのは、すごい数字だと思っている。しかも、『なんで、やばいと思ったのですか』と聞いたら、『職場が原因だと思っている』と答えた教員が、そのうち7割だった。メンタルヘルス対策においても、業務や職場環境改善が必要だ」と説明。「特筆すべきは、校長と教員の認識ギャップだ」と続けた。

 メンタル不調になった要因について、校長アンケートでは「個人の要因」との回答が多く、全教員アンケートでは「職場にあると感じている」割合が7割を占めている。教員のメンタルヘルス対策について、校長と教員の認識ギャップは相当に深い。古謝副市長は「このギャップを踏まえた対策が必要だということがアンケート結果から分かった」と話した。

 休職者の対応に不安を持っている管理職が多く、鍋ぶた組織でラインケアの難しさがあり、しかも校長と教員の間に相当深い認識ギャップがあるという那覇市の学校現場で、どのように教員のメンタルヘルス対策を進めるのか。

 アンケート調査による実態把握と平行して、那覇市では、23年度から教員のメンタルヘルス対策に関する文科省のモデル事業を実施している。対策を一次予防の「未然防止」、二次予防の「早期発見、適切な措置」、三次予防の「復職支援、サポート」の3段階に分け、オンラインによる専門家への相談窓口を設置して未然防止や早期発見に役立てるとともに、休職や復職のときに管理職だけでなく保健師や産業医の面接を定期的に実施する体制を整備した。

 こうした施策の狙いについて、古謝副市長は「われわれが取っている対策は、鍋ぶた組織である学校の組織構造を変えるよりも、管理職と教員の間に入る人材を外部から持ってきて、そこに活路を見いだすという発想をしている。メンタル不調になったときの相談先や、復職のときの面談相手が校長や教頭だけになることを避けるために、オンラインによる専門家への相談窓口や、保健師や産業医による定期的な面接など、外部の人材にクッション材になってもらい、学校で教員のメンタル不調に対応する人が校長と教頭の2人しかないという状況を改善しようとしている」と説明。同時に「これらの対策によって教員のメンタル不調が減ったのかというと、昨年度だけでは成果はなかなか出ていない。その辺りもちゃんと分析していきたい」と話した。

 古謝氏は那覇市出身。総務省に入省後、政府や長崎県で勤務した後、民間企業に転職。22年12月に那覇市副市長に就任した。

 講演はオンラインセミナー「AI時代の人的資本経営」の一部で、「働き方改革・メンタルヘルス対策における那覇市の取り組み」(主催・教職員のメンタルヘルスプロジェクト)として行われた。

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