いま全国の公立の小中高校などで、日本語の指導が必要な外国ルーツの子どもの数が増え続けている。文部科学省の2023年度「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査」によると、昨年度は約7万人で過去最多を更新。9年前の調査から1.8倍となっており、学校側の支援が追い付かない状況だ。増加する外国ルーツの子どもたちに向けて、授業を使った日本語支援と居場所づくりに取り組んでいる埼玉県立戸田翔陽高校を取材した。
「公立高校だからこそ、子どもたちがどの学校に行ってもできる限り変わらない教育や支援を受けられるようにしていく」
増え続ける外国ルーツの生徒について、埼玉県立戸田翔陽高校の金田智教頭はこう語る。戸田翔陽高校(鈴木健校長、生徒596人)には現在、約60人の外国ルーツの生徒がいる。外国ルーツの生徒は中国、フィリピン、ネパール籍が多く、戸田市内および近隣の川口市や蕨市から通学している。その中には日本語の支援が必要で、学校生活になじめず、授業についていけない悩みを抱えている生徒も多くいる。
埼玉県の県立高校で日本語指導が必要な外国ルーツの生徒は約540人いると言われ、この3年間、毎年10%以上増え続けている。戸田翔陽高校は3部制・単位制となっており、Ⅰ部の必履修時間は主に午前中、Ⅱ部は午後、Ⅲ部が夜間となっている。入試倍率の関係で、Ⅲ部は特に外国ルーツの生徒が多くなっている。
同高では外国ルーツの生徒の居場所づくりとして「多文化共生室」を設けている。月曜日から金曜日の午後3時から同7時まで教室を開放し、20人程度の外国ルーツの生徒が日本語の補習や仲間同士の交流を行っている。
金田教頭は「学校では多文化共生イベントも行っており、今年が4年目になる。バドミントンの大会を行ったり、文化祭でも多文化共生室の生徒と日本語支援員が展示企画を始めたりした。外国ルーツ以外の生徒も参加・交流して楽しそうにやっている」と話す。
多文化共生室に通う、16歳のブイヤン・アフファン亮人さん。バングラデシュ人の父と日本人の母を持つブイヤンさんは、日本で生まれバングラデシュで育ったが、日本で教育を受けたいと家族と共に再び日本にやってきた。ブイヤンさんはベンガル語と日本語、中国語を少し話せるという。
「戸田翔陽高校に入学した理由は、自宅に近いことと多文化共生室があること。話せる人がいるのはいい。友達も出来て楽しいし、バドミントン部の活動も楽しい」
金田教頭がこの学校に着任したのが約2年半前。それまでは埼玉県教育委員会で、外国ルーツの生徒への支援プログラムを担当していた。当時、オンラインの日本語教室をつくるため、最も外国ルーツの生徒が多い戸田翔陽高校にパイロット校を依頼した。それがきっかけとなり、いま同高では埼玉県内の外国ルーツの生徒たち約60人(全日制で約20人、定時制で約40人)に向けて、オンライン日本語教室を行っている。
日本語を教えるのは県教委から派遣されている日本語支援員の吉田美香さんだ。大学院で日本語を専攻し、国内の日本語学校で働く資格を持つ吉田さんはこう語る。
「どんな生徒もまずは生活がもとになるので、オンラインでは国際交流基金の『いろどり』を教材に使っている。違う定時制に通う生徒同士が、日本語でやりとりしている。ただ日本語を話せても、読めない生徒もいる」
また今年4月から同高では、学校設定科目として日本語を設置した。1年生では「日本語基礎」を学び、2年生になると「日本語発展」、3年生では「論理・表現日本語」を学ぶ。金田教頭は「この3科目を全て入れた学校は県内で本校だけだろう」と語る。
「埼玉県教委が日本語を設定科目として認めたので、われわれは高校3年分の学習教材のサンプルや指導案をつくった。本校は単位制の学校なので、生徒がある程度、時間割を自由につくれるが、日本語は基本的に外国ルーツの生徒のみが選択できる」
生徒の日本語レベルはさまざまだ。金田教頭は「来日した時期による差が大きい」といい、「義務教育を日本で受け日本語がまったく問題ない生徒から、中学生の時に来日し日常会話も難しい生徒までいて、特にコロナ以降は中学から日本に来る生徒が増えている。こうした生徒は授業を理解するのが難しく、日本語支援員がテキストにルビをふるなど、さまざまなサポートを行っている」と説明する。
日本語基礎を学ぶ15歳の生徒は、日本生まれの中国育ちで、曽祖母が日本人で両親は中国籍。小学校6年生の3学期から日本に戻った。
「日本語の授業は楽しい。日本語を書くのは苦手だけど、聞くのと話すのは普通にできる。読むのはちょっとだけ苦手。片仮名も苦手。まだ将来は考えていないが、進学ではなく働くと思う」
文科省によると、外国ルーツの高校生の中途退学率は8.5%と全高校生の1.1%に比べて高く、進学率は46.6%(全高校生は75.0%)。非正規就職率38.6%(同3.1%)、進学も就職もしていないのは11.8%(同6.5%)となっている。同高では進路指導部で就職支援を行うほか、進学についても生徒の希望に応じてサポートしている。
「就職先は比較的あるが、大学への進学希望者へのサポートは特に日本語が大変だ。いま外国ルーツの生徒のための入試もあるが、日本語能力試験のN2レベル(幅広い場面で使われる日本語をある程度理解できる)が最低必要なので、授業の目標にしている」(金田教頭)
大学進学を望むフィリピン国籍のデルムーンド・アンジェラデニースさん(16)は、フィリピン生まれで小学5年生の時に来日した。タガログ語と英語、日本語ができる。
「小学校では日本語が理解できなかったため、担任の先生が英語に翻訳して教えてくれた。いまは日本語で勉強をできるので、日本語の授業は簡単。日本で大学に行きたい。難しい漢字がまだ読めないので、もう少し勉強したい。英語や現代国語の授業は楽しい」
また中国で生まれた金本奈穂美(日本名)さん(16)も「日本の大学に行きたい」という。
「自宅に近いのと日本語のクラスがあるので戸田翔陽高校を選んだ。地域の日本語教室にも通っている。平仮名は読めて漢字もできるようになった。英語も少しできるので、日本の大学に行って、将来は日中英の通訳をやりたい」
一方、外国ルーツの生徒の場合、家庭や生活環境についてもサポートが必要だ。そのため同高では、カウンセリング室に教育相談員が毎日いて生徒の悩み事の相談に乗っている。ほかスクールソーシャルワーカーが週に3回、スクールカウンセラーも週1回在校している。
「スクールソーシャルワーカーは、例えば生徒のお父さんの就労ビザが切れるので生徒が日本にいられなくなるといったトラブルを解決したり、1日1食しか食べていない生徒がいたら子ども食堂を見つけて紹介したりということをやっている」(金田教頭)
そして金田教頭は「生徒の支援に必要なのは、教員たちの理解だ。これだけ外国ルーツの生徒がいても、在留資格や仮放免のことを知らない教員もいる。そこで私が教頭に就任して行ったのが、教員対象の研修会だった。講師は私と外国ルーツの生徒のサポートをしてくださっている行政書士にお願いし、教員の理解も深まった」と説明。「入学させた生徒なので、面倒を見る責務はあると思っている。最初、言葉は分からないし友達もいない。できるだけ卒業まで結び付けたいと思って努力している」と思いを語る。
同高では教職員のみならず、県教委や外部スタッフなどさまざまなステークホルダーが一丸となって、外国ルーツの生徒をサポート。冒頭紹介した金田教頭の「公立高校だからこそ、変わらない教育や支援を」という言葉を実践している。