教員採用試験の実施時期を早期化しようとする国の方針について、教員採用試験を行う自治体の中には、教員の人材確保につながるのか懐疑的な見方や、さらなる早期化は困難とする声があることが、教育新聞のアンケートで分かった。このアンケート結果を、大学で教員養成に携わる研究者はどう見たのか。教員採用試験の歴史に詳しい國學院大学の前田麦穂助教と、教師教育学が専門の東京学芸大学の岩田康之教授に聞いた。
「自治体は一体何と競合しているのだろうか」
前田助教は、アンケートの結果から感じた疑問をそう投げ掛ける。
そもそも教員採用試験の実施時期を前倒しするのは、他の公務員や民間の就職スケジュールに日程を近づけ、民間などに流れていってしまう人材を少しでも食い止めようとして始まったものだ。
しかし、実際に人材獲得で競合していたのは同じ教員採用試験を行う自治体同士だったのではないか。
前田助教は「アンケートにあった自治体の声を見ても、民間と競合できているという回答はかなり少なかった。それよりも自治体は、他の自治体との競合を意識している」と指摘する。つまり、限られた教員志望者の奪い合いだ。
アンケートでは、自治体によって日程がばらついたことも改めて確認できた。これによって併願が可能になり、複数の自治体に合格した人が辞退するケースが増えることへの懸念の声も上がっていた。この早期化の取り組みよりも前から、高知県では教員採用試験を早期化し、その結果、併願受験による辞退者が多く出ている。今年の場合は10月29日の時点で小学校教諭の合格者の7割を超える204人が辞退し、必要数を確保するために追加で合格を出したり、試験を実施したりしている。
今回のアンケートでは辞退者の把握は行わなかったが、今後、高知県のように大量の辞退者が出て、教員の確保が見通せなくなる自治体が増える可能性は十分に考えられる。
前田助教によれば、戦後の日本の教員採用試験は、民間の就職スケジュールが早まっていくにつれて、次第に前倒しされていった歴史があるという。自治体が試験日程をおおむねそろえるようになったのも、日程がばらばらだった1960年代に、辞退者の続出が深刻な問題となったことへの反省からだ。
前田助教は「今回の教員採用試験の早期化は、効果があるか十分な確証のないまま、見切り発車してしまった面は否めない。倍率が高かった2000年代ごろは、日程の遅さはまったく問題になっていなかった。人材の確保が難しくなってくると、試験を早めればいいという話が出てくる。その歴史を繰り返している」と嘆く。
教員採用試験の早期化よりも、もっと本質的な問題にメスを入れるべきかもしれない。
岩田教授は「教員採用試験の実施時期の問題が注目されているが、なぜ今、倍率の低下が生じているかといえば、そもそも教員採用試験を受ける人の総数が少ないからだ。仮に実施時期を早めるなどの工夫をしてうまくいったとしても、それは人材の分捕り合戦に勝っただけに過ぎない」と手厳しい。
「例えば、人気就職ランキングに有名企業と並んで教育委員会の名前が出てくるくらい、自治体は民間との争奪戦になるような優秀な人材に来てもらおうと本気で考えているのか。もしそのつもりなら、日程を動かすといった小手先の対策ではなく、その自治体で教師をするのは面白いと思わせるようにすべきだ」と岩田教授は強調する。
教職の魅力を伝えようとする取り組みは各自治体でも力を入れているが、岩田教授がイメージするのは、先進的な民間企業と引けを取らないようなクリエーティブなことができる職場に、公立学校を変えていくことにある。
教員養成学部で学ぶ学生の中には、社会に出てからも新しい学びを追求したいと思っている人も多い。しかしそんな学生には、今の公立学校で働く教員の姿は窮屈に映ってしまい、結果的に教員免許を取っても教職は見向きもされず、教育系の民間企業などに流れていってしまう。
こうした人材を引き込むために、岩田教授は「新しいことやクリエーティブなことができる。大学で学んだことを基に活躍できる。そんな学生たちの思いに応えるような取り組み、採用の在り方、アピールの仕方を考えていった方がいい」と提言。さらに、従来の採用試験の問題も挙げる。
「面接をするのは決まって管理職だ。コミュニケーション能力を重視すると言いながら、結局、見ているのは子どもや保護者とのコミュニケーション能力ではなく、既存の組織運営への適応能力になっていないか。結果的に、同じような人材ばかり採用されてしまって、学校が画一的な組織になり、クリエーティブなことができなくなっている」と岩田教授。例えば市民の目線を入れるなど、多様な視点で受験者を評価していくような仕組みをつくることで、それまでは民間に就職していたような人材が教職に挑戦し、組織を活性化してくれる人材が集まるようになるのではないかと話す。
今回行った自治体へのアンケートでは、1次試験の共同実施についての意向も尋ねている。
これについて前田助教は「作問の労力やコストが大きいのは確かだ。問題を通じてその自治体が求める教員像が反映されるという考え方や、教員採用は自治体の業務であるとされていることから、国も主導するのは難しかった。実際に共通問題が使われるということになれば、自治体の裁量や、自治体が求める教員像を盛り込めるのかといったこととの整合性は考えなければならないだろう。2次試験の面接で各自治体が個々の志願者をしっかり見ていくといった、メリハリをつけることになるのではないか」と予測する。
一方で岩田教授は「質の高い問題をつくり、運営体制もしっかりしているのであれば、共通問題を導入した方が混乱は減るし、問題の内容も改善できるだろう」と期待を寄せる。
しばしば、教員採用試験の出題ミスが報じられることもあるが、例えば大学入学共通テストを運営する大学入試センターのように、公的な機関が1次試験を担い、その結果を参考に自治体が2次試験をする。それくらいの徹底した方法にすれば、試験の信頼性も高まるとみる。
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教員採用試験を受験した学生へのアンケートと、教員採用試験を実施している自治体へのアンケートから浮かび上がってきたのは、教員採用試験を巡るさまざまな改革の中でも、特に実施時期の前倒しは、教員志望者や大学、自治体に対する影響が大きく、仮に効果があったとしてもそれ以上に副作用が大きいのではないか、ということだった。
文部科学省は来年度の教員採用試験を、5月11日を目安としてさらに早めるよう呼び掛けているが、そうなればさらに混乱や懸念が生じることが予想される。ここはいったん立ち止まって、教員採用試験を受験した当事者や教員養成を担う大学、教員採用試験を実施する自治体に対して、一つ一つの施策についての声を丁寧に聞き、検証していく必要があるのではないだろうか。教員採用試験をさらに早めるかどうかを判断するのは、それからでも遅くはない。
(終わり)