「本物から学びなさい」。この言葉は、私が新任として中学校に赴任した時、先輩の先生方から言われた言葉です。当時の私は、数学の授業も工夫が乏しく、教科書通りの内容で知識の切り売りのような授業を行っていました。当然、生徒は私の授業に興味を示しません。部活動もソフトボール部の副顧問でしたが、専門的な知識がなかった私は、自分が主体的に動き、生徒を導くことができませんでした。
5年目に私は主顧問としてバスケットボール部女子を担当することになりました。バスケットボールの指導本や指導ビデオで研究しましたが、成果は出ません。そんな私を見て先輩の先生が「一緒に大阪で開催の全国大会に見学に行こう」と誘ってくれたのです。
全国大会の雰囲気は私の想像の域をはるかに超えていました。各選手のバスケットボールの技術の高さはもちろんのこと、コートに入る時のあいさつ、ベンチから仲間を応援する姿、顧問の先生の巧みなベンチワークなど、その場だからこそ学ぶことがたくさんありました。その後、部活動の経営は、本やビデオから学ぶことをやめ、バスケットボール強豪校の高校の先生やミニバスケットボールのコーチらにお願いし、練習を見学させていただいたり、時には、部員を連れて高校のチームの胸を借りたりする練習方法に切り替えていきました。その結果、弱小で市内で一回戦も突破できなかったチームが2年後に市内大会の決勝戦まで駒を進め、西三大会まで出場できるようになりました。勝つことが全てではないですが、この経験が後の私の教師人生を大きく支えています。
2校目は小学校に勤務しました。中学校から赴任した私は、5年生、6年生と持ち上がりの担任でした。3年目で1年生の担任を任せていただいたのですが、今まで経験したことのないくらい学級が騒がしくなりました。私がどんな指示を出しても通らなくなり、学級全体が落ち着かなくなってしまったのです。
困った私は、自分の長女が通っていた保育所の運動会や生活発表会が素晴らしかったことを思い出しました。そこで、園長先生に学級の事情を話し、私の代休日に一日参観させてほしいとお願いをしたところ、快く引き受けていただきました。保育所の先生方は、どんな指導をしているのだろうとノート片手に参観していると、次のようなことに気が付きました。例えば、園児を整列させるときは、「前へならえ」ではなく、「前の子の頭にかくれましょう」と指示を出したことで、きれいに並ばせることができました。また、話をするときに、「おへそをこちらに向けましょう」という指示で、それまで隣の子とおしゃべりしていた園児が静かになり、先生の方を向いたのです。
私はその時、自分の指示の言葉が子どもの生活経験にないために、意味が伝わらなくて騒がしくなっていたことに気が付きました。2学期からの私の学級は、落ち着き、掃除の時間は高学年よりも一生懸命取り組む姿が見られるようになりました。
教科指導は、私が日本数学教育学会(日数教)という全国大会に参加することで学びの機会を得ることにしました。市の教育研究大会はその場で選ばれた人しか県大会や全国大会で発表できませんが、日数教は応募すれば誰でも全国で発表できます。その中で、全国の方々の実践を学び、大学の先生方からも貴重な助言をいただくことができました。
私が変わることができたのは本物を自ら求める姿勢を身に付けることができたからだと思います。この姿勢こそが「本物から学びなさい」の教えだと実感しています。
(鈴木勝久・岡崎市立岡崎小学校長)