【高校無償化】萩生田元文科相に聞く 「精緻な制度設計が必要」

【高校無償化】萩生田元文科相に聞く 「精緻な制度設計が必要」
インタビューに答える萩生田元文科相=撮影:秦さわみ
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 高校無償化を巡る自民党、公明党、日本維新の会の3党合意を受けて、今年4月から国公私立を問わず11万8800円の就学支援金が所得制限なく支給され、来年4月からは私立高校について所得制限なく上限45万7000円の支援金が支給される見通しとなった。具体的な制度設計に向けた議論が本格化するのを前に、教育政策に強い発言力を持つ萩生田光一元文科相が教育新聞の単独インタビューに応じた。萩生田氏は、3党合意について「予算成立のツールとして教育政策が使われた」と批判する一方、家庭の経済事情にかかわらず高校生のチャンスが広がることには「一つの扉が開いた」と評価した。今後の議論に向けては無償化に伴う課題に対応するため、「精緻な制度設計が必要だ」と強調した。

「予算成立のツールに使われたことに違和感」

――来年度予算の修正を巡る協議の中で、3党合意により高校無償化の方針が決まりました。率直な受け止めは。

 まず高校の就学支援を強化するという方向性は大賛成ですし、歓迎したいと思います。ただ、その中身の議論がなされないまま予算成立のツールにこの問題が使われたことには、教育行政に長く取り組んできた立場としてやや違和感があります。自民党はこれまで人づくりについては丁寧な議論を積み重ねて、いろいろな制度を作ってきました。財政の裏打ちもない中で、これだけ大胆な政策変更することが、後の教育行政にどんな影響を与えるかということも含めて、慎重な対応を取っていかなければいけないと思います。

――3党協議は昨年12月にスタートして、2月中旬には方向性を示すという厳しい日程で合意文書がまとめられました。

 時間だけの拙速感ではなく、予算成立のメニューに入ってくるというのは、私から言わせると教育行政を愚弄(ぐろう)した対応だったと思っています。結果的に教育予算の削減なく上乗せされたと見えていますが、ここにたどり着くまで、実は財政当局からこれまで積み上げてきたメニューを崩せなど水面下でいろんなやりとりがあり、あらがうためにかなり努力をしました。

 将来的に4000億円を上回る教育予算が増えたと大喜びできるならともかく、これを誰がどう負担して、どこから財源を持ってくるかの議論が全くない中で見切り発車をすれば、どうなるか。他の分野でもどんどん進めたい教育ジャンルの政策があるわけですから、そういうものに支障を来すことがないようにしなければいけないと思っています。

「私学の授業料以外の負担も認識する必要」

――3党合意の中身についてはいかがですか。私立高校については来年4月から所得制限なしで、上限額を45万7000円に増額することが盛り込まれました。

 高校への就学支援をしていこうという姿勢は了としたいと思いますが、他方で一定の所得制限がないと納税者の納得を得て持続可能な制度にできないのではないかと思っています。高所得層も低所得層もみんな無償化と考えたときに、もう少しバランスを考えて困っている人たちに手厚くする方がいいのではないかと思います。公立学校が11万8800円、私立が45万7000円でスタートして、皆さんが納得したままこの制度が続くのかは疑問です。

――自民党内の合同会議では、先行して高校無償化を進めている東京で起きている問題点を指摘したと聞いています。

 家庭の経済事情にかかわらず公立私立を選べることには大賛成ですが、やはり私学には建学の精神があって学校独自のさまざまな教育を提供し、授業料以外にさまざまな付加価値の提供があるわけです。例えば私が承知している話では、ある家庭のご両親は授業料の助成があったからこの学校を選んだのであって、海外への修学旅行は遠慮させてほしいとか、スクールバスは日割りにして乗っていない月は返してほしいといった議論が始まって、学校側も困惑していると聞いています。やはりそれぞれの学校が目指す教育内容は、授業料だけでは包含できないものがあることをきちんと認識していただく必要があります。チャンスが広がったことには大賛成ですが、そこにはいろいろな困難がついて回ることも理解していただく必要があるということです。入学後に悲しい思いや苦労する生徒がいるのは、望ましいことではありません。

「東京、大阪の高校無償化の検証が必要」

東京や大阪の高校無償化を検証すべきと主張=撮影:秦さわみ
東京や大阪の高校無償化を検証すべきと主張=撮影:秦さわみ

――そうした状況も踏まえて、無償化を先行して進めている東京都や大阪府の事例を検証すべきと強く主張していますね。

 高校無償化を全国に広げるなら先進地の取り組みをきちんと検証して、その上で一番いいところを最大公約数で取って制度を作っていくのが当然だと思います。例えば大阪のキャップ制(授業料補助金の上限の年間60万円を超える分は、学校側が負担)に、私学は後ろでは不満を言っているわけです。これを含めて検証は必要ですし、すでに大阪や東京でも公立高校の受験者数の減少が顕著になっています。そうなった場合、私立が未来永劫、その代替を務めることができるのかどうかについても考える必要があります。

――具体的に私立高校の無償化にあたって、どんな対応が求められるのでしょうか。

 例えば定数管理などを、きちんとしていく必要があると思います。今は定数に対して、多少オーバーフローしても簡単な口頭での指導や文書の指導で済ませていますが、中身をよく見るとスポーツや芸術で特待生を取っている場合もあるわけです。その場合、授業料なしでオーバーフローした人たちの分まで全部を国が肩代わりすることになったら、特待制度とは何だろうということにもなるし、学校独自の奨学金制度で募集しているケースもあります。

 学校がそれぞれ努力してきたことの代替を国が税金で行うのは、本来の目的と違うと思います。公費が入ることになれば今まで以上に行政の監視が必要になりますが、本当に私学の人たちがそれを許容し、望んでいるのかということもまだ全然話し合いをしていないわけです。中には「うちはこの制度の外に置いてくれ」という学校が出てくる可能性もあると思います。

――そうした課題への対応も含めて、これから制度設計の議論が本格化します。どのような点に注意が必要と考えますか。

 この予算が生きたもので、公立も私立とも授業内容が良くなった、教育の質が良くなったことを、皆さんが体感できるようなものにつくり上げていく必要があります。例えば一部で心配されているような便乗値上げや、外国人に対してどう対応していくか。すでに地方では全寮制の学校を作ったけれど生徒が集まらず、外国からの留学生を入れて経営している学校も実在します。

 真面目にやっている学校からすればうっとうしい話になるかもしれませんが、新設校の在り方や定数の管理なども考える必要があると思います。私は内外無差別をとっている日本で、外国人の授業料をただにするのはけしからんという主張に与するつもりはありませんが、やはり一定の線引きはしないといけない。

 親の事情で子どものときから在留許可を持っている方が高校に進学した場合と、この制度を知って日本に行けばただで教育が受けられると考えて海外からどんどん来た場合に、どう対応するのか。こうしたことも考えておかないと、想定外のことが起きたときに対応しきれなくなりますし、こうしたところまで制度設計は精緻にやっていかなければいけないと思います。

「専門高校の充実は特に必要 高専化へのシフト検討も」

公立高校では特に専門高校の充実の必要性を強調=撮影:秦さわみ
公立高校では特に専門高校の充実の必要性を強調=撮影:秦さわみ

――指摘されたように大阪、東京ともに公立校の定員割れが課題となっています。公立高校の教育の充実については、どう考えますか。

 専門高校の充実は特に必要だと考えています。私立にはほとんどない教科に取り組んでいますし、やはり原点に戻ってものづくり国家として人を育てていく上で大事な教育機関だと思います。これだけのお金を使うなら、国もコミットして充実させていくのはすごく大事なことです。ややもすると、15歳人口の減少で高校の統廃合が専門高校から始まってきたのがこの30年でした。ただ、普通科は代替できても専門授業は代替できないし、時代の変化の中で、例えば今データサイエンティストが求められ、これからはAIやロボットなどの分野で活躍する子どもたちが絶対必要になってきます。

 私は文科相になる前から、高専制度は日本の教育システムとして最高だと思っていました。この制度の充実を図っていきたいし、そのためには例えば公立の工業高校あるいは情報を扱う商業高校などを、高専化にシフトしていくこともあっていいと思います。3年間の高校ではなくて、5年間の高等専門学校に代わることを支援する施策もあっていいと考えています。

――6月ごろにまとめる「骨太の方針」(経済財政運営と改革の基本方針)に向けて、3党協議や党内協議が本格化します。どう取り組みますか。

 本当に骨太の方針の時期までにできるのか、私には少し疑問です。そこがめどかもしれないけれど、中途半端な制度を作るぐらいなら、もう1回やり直した方がいい。私はもともと、今年4月からの11万8800円の就学支援金について所得制限を撤廃するところで維新の皆さんと手を握り、私学助成は来年度以降、きちんと時間をかけて議論していい制度にするべきだと主張してきました。

 政策というのは与党でも野党でも責任を持ってつくっていかなければいけないので、合意するまでは協力するけれど、財源の裏打ちや制度設計は与党の責任だというのはあまりに無責任なので、私は維新の皆さんにもプロセスを見せて取り組んでいきたいと思います。

 繰り返しになりますが、高校生の皆さんに家庭の経済事情に関わらず、チャンスを広げていくことは目指していた方向ですし、一つ扉は開いたと思っています。ただそれが嫌な思いや大変な思いをすることにつながってはいけないし、予見性を持って将来の設計ができるものにしなければいけません。そのためには私学の皆さんにもきちんとテーブルについてもらって、話し合いをする必要があります。

 あのときに決断したことで、日本の高校の教育が本当によくなったと振り返って見ることができるようなスキームが必要です。そのための努力をしていきたいと思っています。

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