探究が学校教育の新たな柱として注目を集める一方、現場からはカリキュラムへの落とし込みや、指導・支援する教員のスキル向上に苦労する声も聞こえてくる。そんなニーズに応えようと、村松知明さんは㈱ミエタを創業、社会課題解決に挑戦する専門家と生徒をつなぎ、独自の探究学習プログラムを提供する。専門高校魅力化への参画や、働き方改革に特化した人材派遣など、探究と進路を切り口にした学校支援は新しい。学校現場での具体的な取り組みについて聞いた。(全2回)
――現在、どのような事業を展開しているのでしょうか。
「MIETANプログラム」と「MIETANコーディネーター」の2つを展開しています。「MIETANプログラム」は、主に中学校、高校向けの「探究・キャリア」を中心とした、探究学習プログラムの企画運営事業です。探究学習はその学校のスクールポリシーに合わせた形で構想されます。地域と連携を深めたい、STEAM教育を充実させたい、国際的な取り組みを推進したい――などです。その希望に合わせ、社会創造を手掛ける第一線の方を講師として学校へ派遣し、生徒が共に社会創造に参加できるプログラムを提供しています。カテゴリーは「グローバル・国際協力」「環境・食・サステナビリティ」「地域・地方創生・まちづくり」など12あります。
講師は100人以上います。例えば、おもちゃクリエーターの高橋晋平さん。手のひらサイズのおもちゃ「∞プチプチ(むげん プチプチ)」を企画開発した方です。彼を講師に迎え、生徒がおもちゃ作りに取り組むプログラムを提案したところ、生徒が社会課題を楽しみながら学べるカードゲームを作り、ゲームマーケットで展示したというケースもあります。
認定NPO法人あおぞらの葉田甲太さんは、カンボジアやタンザニアなどの医療分野で国際協力活動をしている医師であると同時に、エレコムヘルスケア株式会社の代表取締役として同分野の課題解決に取り組まれています。彼と共にグローバル視点でのさまざまな公衆衛生の課題について学んだ高校生たちが、カンボジア現地の子どもたちが手洗いの大切さなどについて理解するためのボードゲームを作成したり、クラウドファンディングを行なって現地でのトイレ建設を行うための費用を集めたりしました。学校での探究がグローバルレベルでの社会実装につながった取り組みです。
探究の入り口は専門家に話を聞く、自分たちで考えてみるといったところから始まります。ですが、私たちが大事にしているのは、生徒も社会の一員であり、自分がどういうことに興味を持つのか、充実感を覚えるのか、そして何をしたいのかという思いを、探究学習の型としてプログラム化することです。中高生が探究のサイクルを経験することで、自分の生き方に結び付ける探究学習にしていきたいと思っています。
――講師はどのように発掘しているのですか?
先ほど紹介した社会を変えようと活動する方たちの多くは「教育にも携わりたい」と思っています。自分が社会を変えるという想いにとどまらず、周囲のみんなと一緒に変えていく、変化を呼ぶコミュニティーづくりを望んでいます。そうした方たちなら中学生、高校生と協働ができます。最初は私個人のつながりから声を掛けていましたが、現在はミエタのメンバーや講師の皆さまのつながりも生かして講師を依頼しています。
そのときに大事にしていることの一つは、自分事として新しい社会を現在進行形で作っている人です。自分の人生をかけてと言うと大げさかもしれませんが、社会に対してだけでなく、自分としての思いも持っている人です。学歴や経済的な成功は重視していません。
もう一つは、「何かを教えてあげる」というスタンスではない人です。今、社会が変化する中で、講師になる方たちの言うことは必ずしも正解ではありません。講師を依頼する方には、生徒と対等な視点を持てるかどうかを重視します。答えを一緒に探っていこうとする姿勢があれば、生徒たちも、言われたことを形にするのではなく、本当に自分が思うことを形にしようとします。講師はあくまでナビゲーターなのです。
――実際に探究の計画は、どのように立てていくのですか。
講師、ファシリテーター、コーディネーターの3者で連携して、役割分担しながら組み立てていきます。全体を約20コマとするなら、3コマは講師が現地に赴き、残りの2コマはオンラインで講義や指導をすることが多いです。その他のコマではファシリテーターが生徒の学びの支援をし、コーディネーターは資料の作成や学校の先生方との調整といった後方支援業務を行います。
ファシリテーターとは現場の探究を運営していくスタッフです。既存の「教科」の内容や指導法は、学校制度が始まり150年ぐらいかけて成熟してきたものです。一方、探究は日本が新しい教育に生まれ変わろうとする中から出てきた学習です。これから30年、50年かけて進化していくと私は捉えています。その指導・支援のノウハウも今後、専門化してくるでしょう。そうした中長期の視点を持って探究を運営できるスタッフが、ファシリテーターの位置付けです。
コーディネーターの方は、探究の計画に加え、探究を生徒のキャリアや進路、学校の教育課程と結び付ける支援をします。学校の先生方から「探究でさまざまな講座や活動を実施しても、イベントに終わってしまう」という悩みをよくうかがいます。結局、生徒は何を達成すればよかったのかを、生徒自身や先生方もひも付けきれない、と。そこで、コーディネーターが探究学習の年間計画立案を支援します。目指す生徒像や、伸ばしたい資質・能力、探究を通じた生徒の変容まで含めて、アウトカムを重視した支援をしています。
――もう一つの事業は「MIETANコーディネーター」ですね。
はい。先ほどの探究のプログラム提供事業の、コーディネーターの業務を特化し、学校の教育活動全体の設計を支援する事業が「MIETANコーディネーター」事業です。生徒が自分の生きる目的を見いだし、学校生活で充実感を得られるようなキャリア教育の企画・運営、カリキュラムやシラバスの作成と運用を支援します。より上位の支援になるとスクールポリシー改定、特色化に向けた長期計画の支援も行います。高校の場合は、大学推薦入試や総合型選抜に対応した進路・進学支援も行っています。外部のコーディネーターというよりも、学校に伴走し探究や進路指導を担当する「民間人教員」というイメージです。
――これまでの実績では私立学校が多いようですが。
公立学校への支援も増えてきました。福岡県内の自治体では市内小中学校計7校に対してサービスを提供しています。MIETANプログラムで探究学習の企画運営をし、MIETANコーディネーターが、忙しくて先生方の手がなかなか届かない探究学習の細かな部分を計画・実施しています。
学校はその成り立ちや、存在意義が地域に深く根差しているものですし、先生方の思いも熱いです。自分たちのサービスを軌道に乗せるというより、まずは学校を起点に考えることを重視しています。それは私立か公立かではなく、学校として共通する部分だと考えています。
一方で、公立学校の場合は各学校の自立的経営を標榜しながら、自治体側の先生方と一緒に全体方針から策定していくことが多いです。自治体の教育施策のどこに探究が位置付けられるのか、また、どのような効果が得られれば、次はどこに焦点を当てるか――、そういったお話をしながら計画していきます。財源についても国や都道府県の補助金や特別予算、民間の助成金なども活用することを提案します。
コーディネーターが学校に入ることで、校務の支援もできますから、それが働き方改革に貢献できればと考えています。私立学校の場合は、民間と同じように教員の採用活動ができますが、公立学校の場合はなかなか欠員が埋まらない、足りないということが悩みです。
学校の先生方の働き方を見ると、明らかに業務過多です。お昼をゆっくり食べる時間もなく、長期休業時も忙しくされています。その人材不足のところに私たちが関わることで、先生方があれもこれもと全方位に仕事をしなくても済むような体制を作っていけます。これは働き方改革として自治体の思いとも合致します。探究学習の支援で自治体の教育価値を高めるだけでなく、自治体や学校の困り事を解決するためのコーディネーターなのです。
――東京都立北豊島工科高校の「都市防災技術科」設置にあたり、探究カリキュラムの作成を担当しました。
北豊島工科高校では、2024年度から全国初の試みとして「都市防災技術科」を新設し、従来のカリキュラムも刷新して、機械と電気に関する防災技術に焦点を当てています。 東京都が進める「現場対話型スタートアップ協働プロジェクト」の一環として、私たちが教育現場と連携してカリキュラム策定を支援しました。
「都市防災技術科」では、防災に関する基礎から応用までを学べる多様なプログラムが用意されています。1年次には「探究防災」という科目で、オリエンテーションやチームビルディングを通じて、生徒が自らの興味を深掘りすることから始まります。2学期には建築などをテーマにした探究学習を実施し、防災の視点で街づくりについて考察しています。
また、3学期には課題研究として、ゲーム作りの手法を活用した実践的なプロジェクトが行われました。例えば、防災ゲームの企画・制作では、生徒たちが火山噴火や避難経路などをテーマにしたすごろく形式の教材を開発しました。他教科や専門教科で学んだ知識を統合しながら進める点が特徴です。
同校の探究は、生徒たちにとって単なる知識習得にとどまらず、「成功体験」を積む場となっています。2学期終了時には全てのチームがプレゼンテーションを完遂し、自信を深める成果が見られました。また、防災技術科では今後、地域との連携も重視しており、被災時に役立つミニチュア設備やAIによる避難経路検討など、実社会で即戦力となるスキルの育成も視野に入れています。ドローンやAI技術など最新テクノロジーを活用しながら、生徒たちが楽しみつつ学べる環境づくりを進めていく予定です。
【プロフィール】
村松知明(むらまつ・ともあき) 2004年に開成高校、08年に東京大学工学部を卒業。 在学中、卒業生と在校生が交流する大学公式プログラム「知の創造的摩擦プロジェクト」の創設に携わり、運営代表者として2000人規模に育てる。新卒で三菱商事に入社し、中国やフィリピンでの不動産事業などに8年間従事した後、16年に㈱ミエタを創業。