この原稿が公開されるのは、日本ではゴールデンウィークの大型連休の後だろうか。それにかこつけて、今回はフランスの長期休暇「バカンス」について書いていこう。
フランスの学校は、長期休暇が多い。1年のうち、4回の季節の「バカンス」(各2週間)と8週間の夏休み「大バカンス」が、6~7週間ごとにやってくる。それ以外の年間36週間に週24時間の授業を行うのが、フランス政府が全国の教育機関に定めた公教育のペース配分だ。
この学期と休暇の日程表は「学校カレンダー(Calendrier scolaire)」と呼ばれ、児童生徒がいない家庭や、大人のビジネス社会でも重視されている。なぜか? 学校のバカンスは行楽シーズンと一致していて、家族で旅行に出る習慣があるためだ。
働く親は計5週間の年次有給休暇を子のバカンスに合わせて取得し、余暇の時間をともに過ごす。親たちが担う社会活動のスケジュールはバカンス期間の不在を考慮して組まれ、長期休暇の取得が相次ぐ7・8月には、商品開発や交渉、広報などの業務は行わないのが定石だ。筆者もこの時期に取材や視察を組もうと試みては、けんもほろろに断られた経験がある。
宿泊旅行業はこのバカンス時期が稼ぎ時で、それ以外の業界は大なり小なりペースダウンを余儀なくされる。年4回の季節休みのうち、冬(2~3月)と春(4~5月)の2回は、全国を3つに分けたゾーンごとにずらして行われるのも、観光シーズン/社会活動のペースダウン時期を分散させるため。フランス社会は、この学校カレンダーによって動いている、とも言えるのだ。
繰り返しになるが、親たちの年次有給休暇は5週間なので、子どもたちの16週間の学校休みはカバーしきれない。基礎自治体が運営主体である学童保育は多くの場合、バカンス期間中に終日預かりサービスを整備している。その運営費は親の所得額による応能負担の利用料と、国の家族手当給付を担う「全国家族手当金庫」からの助成金だ。
終日の学童保育は自治体の公設公営のほか、非営利団体に委託する公設民営の形もある。学童保育が受け入れるのは、保育学校(幼稚園に相当)に通う3~5歳の子どもと、小学校に通う6~11歳児童。12歳以上の中高生の居場所としては、文化系の遠足やスポーツ活動が提供される。こちらは定員枠への事前予約制で、利用料はやはり親の応能負担で額が決められる。
2カ月に一度やってくるこのバカンスのおかげで、わが家でも毎年、子どもたちとの思い出が蓄積されている実感がある。が、親としては正直言って、頭が痛い時があるのも現実だ。小学生までは必ず大人の見守りが必要だし、中学生であっても、2週間自宅で放置するのは忍びない。また、学期中の給食の代わりに昼食の支度がある。
旅行や学童保育を段取りするなら、常に「二つ先のバカンス」を見据えて動かねばならない。一つのバカンスが終わって新学期が始まったと思ったら、6週間はあっという間に過ぎて次のバカンスが……。長期休暇のマネジメントに追われて、1年が過ぎていくように感じたりもする。
親には段取りの苦労がにじむバカンスだが、子どもたちにとっては、健康な学校生活の継続に欠かせないものだ。あと○日登校すれば、また2週間、学校に行かなくてよい――。それを心の支えにして毎日決まった時間に起き、帰宅後の宿題をこなす子どもたちの姿は、筆者の身近でも多くみられる。
遠くない先に必ずやってくる休息の時間は、学習や対人関係など、学校で困難を抱える児童生徒には特に、かけがえのない存在だろう。フランスでは日本ほど不登校が社会問題化していないが、月に2日以上特定の理由なく登校を拒否する状況を「不安性学校拒否」(refus scolaire anxieux)」 「学校嫌悪(Phobie-scolaire)」などの名で認識し、少なくとも児童生徒の1~3%が関係すると言われている。不登校児と家族を支援する非営利団体「Phobie-scolaire.org」のサイトでは、通学のストレスから自傷する児童にとって「夏の大バカンスの間だけがレスパイト」との例を挙げている。
筆者の知人の現役小学校教員マーク・モゼルさんに、バカンスについて所感を尋ねてみたら、こんな返事が返ってきた。
「今のこの学校カレンダーは、子どもたちにとって最もバランスがよいと思います。休息に加えて、学校以外の活動をする時間が確保できる効果をもたらしていますね」
「ですがそれは、学校のない時間にできることが充実している場合です。社会的・文化的資源の少ない地域では、子どもたちが享受できる活動が十分ではなく、自宅でテレビを見るかビデオゲームをやるか、たまに家の近くの公園に出るかしか、やることがない。そのような子どもたちは、新学期に生活リズムを取り戻すのが大変なのです」
学校休みの期間に子どもたちをフォローするために、国民教育省は小学校から高校の児童生徒を対象に、「学業成就の講習(Stage de réussite)」という補習を行っている。長期休暇の一定期間、通学校の教師たちと共に、前学期の学習内容の復習ができる機会だ。児童生徒本人の希望、もしくは必要と思われる児童生徒への推奨による参加制で、2021年~22年度には全国の約8000校で1万5000人を超える教師が、15万人以上の児童生徒を相手に、バカンス期間の講習を行った。
前述のモゼルさんも、この講習を担う一人。年4回の季節休みのうち2回、週4日の午前中に、7~8人の児童生徒を担当している。これは超過勤務の扱いで、国民教育省から時給換算での給与支払いがあるそうだ。
「フランスでは学校休みが多いので、教師も同じように休んでいると思われがちです。しかしバカンス期間は前学期の課題の採点や次の学期の授業準備で、15時間から20時間ほど作業をする。それだけでも、2週間の休暇のうち2~3日は働いていることになります。加えて前述の補習を担う時は、補習時間以外に採点や準備、報告書作成などの作業があります」
フランスの小中学校のフルタイム勤務の教員たちは、週24時間の授業のほか、週3時間(年間合計108時間)を目安に、授業以外の会議や保護者対応、研修、補講などに充てる勤務が義務付けられている。国民教育省が20年に発表した調査資料によると、学期中の週の労働時間の中央値は43時間。フルタイム労働者の標準労働時間が週35時間の国では、比較的長い時間だ。バカンス期間中には、回答者の5割以上の教員が「少なくとも34日間分」、何かしらの仕事をしていると答えた。
それでもフランスの教員の長期休暇は一般的な労働者よりも長く、日本のような部活動顧問業務もないため、余暇のために使える時間がある。モゼルさんは2週間の休暇中、国内・国外の都市に小旅行をし、美術館・博物館や劇場を巡ったり、自宅では趣味のDIYなどで自由時間を過ごしたりしているそうだ。
「2週間のバカンスは息抜きをし、この先の授業を落ち着いて準備できる時間。教師にとっては不可欠なものです」
日本には、フランスのような全国統一の「学校休みのカレンダー」はない。だがもしフランスのように、国中の学校で「6~7週間に一度、2週間の休み」が繰り返し巡ってくる、と想像してみたらいかがだろう。児童生徒と教員の生活は、そして日本社会全体には、どんな変化が起こるだろう。その想像から、日本の教育現場にあるべきもの、休みがあっても維持し続けるべきものが、浮かび上がって見えてくるのではないだろうか。
【プロフィール】
髙崎順子(たかさき・じゅんこ) 1974年東京都生まれ、埼玉県育ち。東京大学文学部を卒業後、出版社で雑誌編集者として勤務したのち2000年に渡仏。フランスの社会と文化について幅広い題材で取材・執筆を行う。得意分野は子育て環境、食文化、観光など。日本の各種メディアをはじめ、行政や民間企業における日仏間の視察・交流事業にも携わっている。自治体や教育機関、企業での講演歴多数。主な著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書、2016年)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA、2023年)など。