拘禁刑創設は法教育のチャンス 『こども六法』の山崎さん

拘禁刑創設は法教育のチャンス 『こども六法』の山崎さん
法教育で拘禁刑について考える機会を設けることを提案する山崎さん=2019年撮影
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 6月から施行された改正刑法で、それまであった懲役と禁錮が廃止され、新たに拘禁刑が創設された。刑罰が拘禁刑に一本化されたことで、受刑者には改善更生・再犯防止のために必要な作業を行わせたり、指導したりできるようになった。一見、学校教育とは遠い世界の話のように思えるが、子ども向けに法律を分かりやすく解説した『こども六法』(弘文堂)の著者である山崎聡一郎さんは「再犯を防ぐ視点がなければ犯罪は減らないということを教える、いいチャンスだ」と話す。

改善更生や再犯防止を重視

拘禁刑創設の趣旨
拘禁刑創設の趣旨

 日本では1907年の刑法制定以来、刑罰は刑務所などの刑事施設に拘置して所定の作業に従事させる懲役と、刑事施設に拘置するが、作業の義務はない禁錮があった。しかし、刑罰の規定が変わらないまま1世紀以上が経過し、状況が変わってきた。

 山崎さんは「これまでは犯罪への明確な意図があったり、本当は犯罪はしたくないけれどやむを得ずやってしまったりといったものが一般的だったが、犯罪に関する研究が進んで、薬物使用や性犯罪など、一度手を染めたら簡単にはやめられないものがあると分かってきた。そのような再犯率が高い犯罪をしてしまった人に対し、従来の懲らしめる意味合いの強い刑罰を与えても、再犯防止にはつながらない。むしろ治療や更生への支援が必要なのではないか、ということで拘禁刑が導入された」と説明。

 「日本では深刻な犯罪は減少傾向にあるが、再犯率は伸びている。そのため、同じ人が犯罪を繰り返すことを防ぐことが重視されるようになってきた」と話す。

 これに加え、高齢の受刑者が増え、介護や福祉のニーズが高まったことや、禁錮であったとしても、実際には何らかの作業を希望する受刑者が多かったこと、従来の懲役では作業が優先され、改善更生や社会復帰のために必要な指導の時間が十分に確保できない場合もあったことなども見直しの背景にある。

 そこで、拘禁刑の下での処遇では、入所してから出所するまで、受刑者の年齢や資質、受刑者が置かれていた環境などの特性を複層的な視点で調査し、アセスメントを行うことになった。その上で、作業や改善指導、教科指導を組み合わせて、受刑者自身がその処遇の必要性を理解し、自主的・自発的に取り組めるような働き掛けを強化。入所後の早い段階から、ニーズに応じて住居や就労、福祉サービスの確保などの社会復帰後を見据えた支援を実施していけるようにした。この処遇の中には、高齢者や障害のある受刑者を対象にしたものや、依存症の治療に重きを置いたものなどもある。

法教育で刑罰に対する考え方を変える契機に

 このように、拘禁刑によって刑罰の考え方も大きく転換することになったものの、そのことを一般市民が意識する機会は限られている。だからこそ、法教育の役割は一層強まっていると山崎さんは見る。

 「大人も含めて、刑事政策に対する考え方として、加害者に厳しい刑罰を与えることで被害者の気持ちに応えようというものや、犯罪者は危険な存在だから牢屋に一生閉じ込めておくべきだという意見は多い。しかし、実際には誰もが犯罪者になり得るし、犯罪は環境的な要因で引き起こされることがある。加害者になってしまった人に再犯をさせないようにすることが、結果的に社会のためになるというマインドを育てていかなければいけない」

 日本の社会は世界的に見ても警察に対する信頼度が高く、自分が犯罪の加害者になることを想像しにくい。だからこそ、犯罪は性悪説で捉えられがちだ。「環境的な要因や偶発的に加害者になってしまう状況があり得るのだということを想像できるようにして、その状況をどうなくしていくかを考えないと、被害者は減らない。拘禁刑への転換は、再犯を防ぐ視点がなければ犯罪は減らないということを教える、いいチャンスになる」と、山崎さんは法教育が果たす役割に期待を寄せる。

 では、この拘禁刑について法教育としてどのように教えていくべきか。山崎さんは、従来の法教育の授業でも教材に使われる昔話を題材にした裁判(「昔話法廷」)などでも、その視点を取り入れやすいとアドバイスする。

 「昔話を現代の法律で考えていくと、被害者が正当防衛を主張していても、過剰防衛の可能性が問われたり、私的な報復に当たる可能性が論点となったりする。そこで、刑罰を決める上で、昔話の中の加害者がその後どう矯正され、社会復帰するのか。同じことを繰り返さないためにはどうすればいいのかまでを考えることが大切だ」

『こども六法』も第2版で拘禁刑について記載している=撮影:藤井孝良
『こども六法』も第2版で拘禁刑について記載している=撮影:藤井孝良

社会の在り方を教師も子どもも一緒にメタ認知的に考える法教育

 少し視点を変えると、この刑罰に対する考え方の転換は、学校の生徒指導を見直す契機にもなるかもしれない。

 「学校のルールでも破ればペナルティーが科せられるものがあるが、そのペナルティーが果たして本当に子どもが効果的に反省するものになっているか、見直す機会にしてはどうか。例えばいじめが起きた際、もしかすると加害者となった子どもには、環境的な要因が絡んでいる可能性も考えられる。被害者が安心できるようなペナルティーを科しながら、同時に再発を防ぐための加害者のケアをどうするか。1つ上のレイヤーから捉え直していくことがあってもいい」と山崎さん。

 日本の場合、一度罪を犯してしまった人が社会に復帰するのは、さまざまな困難が伴う。結果的にそれが再犯率を高めてしまっている側面もある。

 子どもも教師も刑罰に対する認識はあまり変わらない。それを逆手に取って、拘禁刑の導入を事例にして、刑罰と社会の在り方をメタ認知的に一緒に考えていくような法教育の実践を展開することもできそうだ。

 

【キーワード】

法教育 法律の専門家ではない一般の人や子どもたちが、法律や司法制度についてや、それらの基礎となっている価値を理解して、法的なものの考え方を身に付けるための教育。2016年の選挙権年齢の引き下げや22年の成年年齢、裁判員対象年齢の引き下げなどもあり、その必要性は近年高まっている。

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