一切の光を遮断した頻闇(しきやみ)の中を歩いて1945年8月6日の広島に思いをはせ、戦争と平和を考えるイベント「平和のためのダイアログ・イン・ザ・ダーク」がこの夏、広島県と東京都で開催される。主催団体がこのほど、厚労省で記者会見し、「戦後80年の節目を迎え、今の小中学生の多くは身近に戦争体験者がいない。平和を教わるだけでなく、自らの感覚で受け取り、語る力を育む場の必要性が高まっている」と説明した。
この取り組みは、ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ(志村季世恵代表理事)が進めている「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」の一環。初めて広島県で開催し、戦争と平和をテーマにする。
「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」は視覚障害者の案内で暗闇の中を8人のグループで歩き、物が全く見えない中、触感や嗅覚、聴覚などを使って豊かな世界が広がっていることを実感する体験型エンターテインメント。ドイツの哲学者、アンドレアス・ハイネッケ博士が発案して約50カ国に広がり、900万人以上が体験したという。日本ではダイアローグ・ジャパン・ソサエティが展開し、1999年以降、約30万人が体験した。
「学校教育の場での普及にも力を入れている」というダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパンの志村真介代表は「他者への共感、コミュニケーション力が高まり、チームワークと信頼感の構築、ダイバーシティやインクルージョンへの理解が進み、自己肯定感が向上するといった効果がある」と強調。海外では学校教育に採用されている例がある。
今回、広島の被爆80年をテーマにしたイベントでは、現代から電車に乗って1945年8月6日の広島の民家を行くというストーリーで進められる。もちろん、何も見えないが、音や臭いが場所を感じさせ、当時の暮らしに関わる展示物を触ることができる。
開催は東京都と広島県。東京都では7月5日~8月31日(有料、休演日あり)、港区竹芝のダイアログ・ダイバーシティミュージアム「対話の森」で開催。広島県では8月2~11日、広島市中区の旧日本銀行広島支店で開催される。広島会場は無料。
旧日本銀行広島支店は、爆心地から380メートルの近距離で被爆した建物で、広島市の重要有形文化財。被爆当時の吉川智慧丸支店長は空襲に備えて、屋上に盛り土をしたり、周囲に公開空地を設けたり、大きなつぼに水を張ったりするなどの準備をしていた。
その準備が整ったのは8月5日。被爆で吉川支店長自身は瀕死の重傷を負ったが、被爆2日後の8月8日には同支店1階で市内12行の金融機関を再開、吉川支店長がその責任を取るとして、通帳や印鑑を失った人にも臨機応変に払い出しに応じさせた。戦後、預金者の申し出にはほぼ不正はなかったことが分かったという。
志村代表は「どんな時も人は信じ合うことができる。80年前、これがどうしてできたのか。未来を考えた上で大きなテーマになっている」と話している。