どうすれば子どもの意見表明が実質的に可能となるのか(藤川大祐)

どうすれば子どもの意見表明が実質的に可能となるのか(藤川大祐)
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 本紙電子版9月14日付で報じられているように、同日、千葉大学教育学部附属中学校の生徒3人が文科省を訪れ、起立性調節障害の実態把握や適切な支援を求める提言書を伊藤孝江政務官に提出するとともに、記者会見を行った。このときの模様を多くの報道機関が報じてくださり、SNS上でも起立性調節障害への配慮を求めることへの共感の声が多く見られている。

アドボカシーゼミの校外学習が実現した背景

 この取り組みの背景は、次の通りである。

①千葉大附属中では、総合的な学習の時間の多くを、5月から11月くらいの期間を使い、「附中探Q記」という名称で、全校生徒約450名が学年縦断のゼミに分かれて行っている。ゼミは毎年度20ほど開講される。ゼミの担当者は附属中の専任教員が大半だが、大学教員や大学院生等が担当講師としてゼミを開講する場合もある。

②昨年度より、千葉大学大学院教育学研究科修士課程の大学院生である郡司日奈乃さんが、「アドボカシーゼミ」を開講することとした。「アドボカシー」とは、「擁護・代弁」などを意味する言葉で、社会的に弱い立場の人の権利を擁護するための政策実現活動を意味するものとして使われる。藤川は附属中校長をつとめているが、どちらかというと大学院における郡司さんの指導教員として授業に継続的に参加している。アドボカシーゼミの参加者は昨年度5名(1・2年生各2人、3年生1人)、今年度3名(各学年1人)と、あまり参加希望は多くない。

③アドボカシーゼミでは、昨年度はLGBTなどの人の権利擁護について扱い、今年度はここまで起立性調節障害の人の権利擁護について扱っている。ゼミでは、Zoomを活用するなどして、アドボカシー活動に詳しい方や当事者の方に話を聞かせていただいたり、資料を収集、分析したりした上で、生徒たちが自分たちの意見をもとに自分たちにできるアドボカシー活動を実践することを目指している。

④「附中探Q記」は基本的に毎週1コマ(70分授業)で実施されているが、9月に1回だけ、丸一日をゼミ活動に使える「校外学習日」が設けられている(昨年度はコロナ禍のため校外に出ることは中止した)。今年度の校外学習が9月14日に設定されており、生徒たちはこの日を目標に提言書を作成し、アドボカシー活動に詳しい方などの助言を得て政府や自治体の担当者との面談や記者会見を行うことを計画した。(連絡調整は生徒たちの意を受けて郡司さんが行った。)

⑤最終的に、千葉市議会の教育未来委員会所属の議員の方々および文科省の伊藤政務官が面談してくださることとなった。アドボカシー活動に詳しい方などの助言を踏まえ、文科省にて報道機関への案内を行い、記者会見をさせていただくこととした。

 以上のように、附属中の独特のカリキュラム、附属中と大学との連携、たまたま実現した少人数教育の環境、外部の方々のご協力など、いくつもの条件が重なることで、今回の一連の活動が実現した。同様の活動をすぐに多くの学校で実践するということは考えにくいが、この活動からは子どもの意見表明権を実質的に保障するために何が必要かということについて、重要な示唆が得られる。

子どもが自らの意見を形成していく過程を保障する

 まず注目すべき点は、「子どもの意見」とは何かということである。素朴に考えれば、「子どもの意見」とは、世論調査のアンケートで得られる回答のように、ある問題について「あなたの意見は?」と問われたときの子どもの回答のように思われるだろう。だが、経験が限られている子どもが、特に自分が関与してこなかった問題について、問われてすぐ回答できるような「意見」を、「子どもの意見」と捉えてしまうことは危険だ。当該の問題について、知識を得て、熟考し、他者との対話を重ねるといったことをしなければ、その子どもがどういう意見をもっているかなど、わからないのではないか。

 このように考えれば、子どもの意見表明権を実質的に保障するためには、単に子どもが意見を表明する機会を設けるだけでなく、子どもが知識を得て、熟考し、他者との対話を重ねることを通して自らの意見を形成していく過程が保障されることが必要だということがわかる。

子どもの意見を大人が余裕をもって聞くことが不可欠

 子どもに意見があったとしても、その意見を他の人に伝えることには困難が伴うことにも注目が必要である。今回の千葉市議会および文科省の訪問において、生徒たちの意見を教員らが事前にわかりやすく整えたり、あらかじめスピーチ原稿を作成したりすることはしていない。このため、生徒たちは、非常に緊張した様子を見せながら、時には言葉に詰まりつつ、自分たちの意見等を説明することとなった。幸い、市議会議員の方々や政務官、そして記者の方々が、粘り強く寛容に生徒たちの話を丁寧に聞いてくださり、そのようにしていただいたおかげで生徒たちはかなり時間をかけて自分の言葉で意見等を伝えることができた。

 もちろん、子どもたちが表現力を高めることは重要である。しかし、意見表明をする機会においては大人であっても緊張することが当然であり、そうした緊張の中でも意見表明ができることを保障するためには、意見を聞く側の大人が余裕をもって丁寧に聞けるようにすることが不可欠である。事前に教員らが子どもの意見を整えたりスピーチ原稿を作ったりすることは可能だが、そうしたことをしてしまうと、子どもたちが伝える内容は、その場で考えているものとは異なるものとなってしまう可能性が高い。

 これまで、日本では子どもに直接関係ある政策を決定する際にも、子どもの意見を直接聞く機会は少なかった。今後、子どもの意見を聞くことは推進されるはずだが、実質的に子どもの意見表明権を保障するには相応の配慮が必要であることが、今回の取り組みからも確認できる。子どもが意見を表明する機会を増やし、課題を確認し、方法を改善する努力を重ねていくことが重要だ。

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