ノーベル医学生理学賞を沖縄科学技術大学院大学(OIST)で客員教授を務めるスバンテ・ペーボ博士が受賞したというニュースが10月3日、報じられた。筆者も現在、OISTで客員研究員として「EdTech」や「STEAM教育」などについて研究しており(筆者の滞在研究を提供いただいているOISTに、感謝申し上げたい)、今回はOISTと、同学で行われている「One-day Scientist(一日科学者体験)」について紹介したい。
OISTは世界最先端の科学技術研究を推進するとともに、ユニークな5年間の博士課程の教育プログラムを持っている。設立ミッションは沖縄振興や科学技術の振興だ。
その一端として、沖縄の小中高生らを対象に、STEM教育である「科学教育アウトリーチ」活動(注)にも注力している。
「一日科学者体験」は、OISTの1・2年の院生が必ず取り組むべき3つの選択課題のうちの1つ、科学教育アウトリーチの1事業だ。
今年の同イベントは、1日目は英語、2日目は日本語で、同じ内容のプログラムを開催。筆者は2日目を見学した。
当日は、20人の沖縄県の高校生らが、興味の関心やジェンダーバランスなどを基に、1グループ各4人に分かれて参加。日本人を中心とした7人のOISTの院生が、同事業の準備・運営・講義・チューターなど全活動を担って運営し、教職員は一切かかわらずに、院生の自主的運営に任されていた。
そのユニークな点は、プログラミング学習などの狭義の「STEM教育」ではなく、「科学者の思考、実験のプロセスなどを体験する」機会を提供するものであることだ。
具体的には、①座学「科学的思考方法論(観測→疑問→仮説→実験→結論→結果報告)を学ぶ」②グルーブごとの座学「5つの課題テーマの背景を学ぶ」(注3)③グループごとに、①②を基に「仮説立ておよびその立証のための実験(の立案)」のグループディスカッション④グループ発表――から構成され、それに「OISTのキャンパスツアー」をリンクさせて、研究現場を体感させるというものになっていた。
これは、高校生に「科学的思考」を一日で体験させるという無謀にも思える企画だが、研究者の卵であるOISTの院生がチューターとして(グループごとに主担当がいたが、院生がローテーションで各グループを巡回して、異なる視点や知見を参加者に提供していた)、各グループ参加者に考えさせ、ディスカッションを刺激し、研究テーマを絞り込ませ、各グループが最終発表ができるようにファシリテートしていた。
このイベントの良さは、まず科学的な思考を体験させ、つまり「研究者とは何をするのか」を疑似体験させて、研究の魅力を若い世代に感じさせていることだ。また年齢的に近く、自身が研究者になるべく奮闘している院生が語ることで、高校生も「研究者」という存在やキャリアが身近に感じられることだろう。実際、院生たちは、高校生のキャリア相談にも応えていた。
このような立て付けだからこそ、参加者は、「カッコよくて、楽しそうだから参加した」「研究に関心があったから」「プレゼン能力が身に付く」などの理由から参加し、全体的満足度も10点満点で9.5という高評価を受けたのだと思う。
また、このイベントを主催・運営した院生も、大変な苦労や尽力があっただろうが、高校生らに教えることで多くのことを学ぶとともに、完全な自主運営対応であったからこそ、イベントや会議などの貴重なノウハウと知見を獲得できただろう。それらの結果として、沖縄の若い世代や院生の成長、地域貢献やOIST認知、役割の向上にも寄与できたと考える。このイベントは、他の多くの教育機関なども学ぶべき点が多いと感じた。
(注)その活動には、沖縄県立女子高校生の理系分野への進路選択を支援するワークショップ「ハイサイ・ラボ(HiSci Lab)」、島しょの生態系や文化の持続可能性に関する教育を行うアウトリーチプロジェクト「SHIMA」、理系コースに力を入れる沖縄県内中高への出前授業・OIST学校訪問プログラムなどの「科学教育アウトリーチ学校訪問」や、恩納村の中学校との連携で立ち上げた「うんな中学校サイエンスクラブ」などの活動もある。