かつて、交通機関が運休したり遅延したりすると、駅員に詰め寄る人々の光景が見られた。彼らの憤りの根本は、運休や遅延ではなく、その後の情報がないことにある。
人と人のつながりは情報を共有することから始まる。情報がないことや少ないこと、正確でないことは人を不安にさせる。保護者も同様、子どもに関する情報を共有することで良好な関係が作られる。ここで留意しなければならないのは、保護者と対立するようなスタンスで臨まないことだ。
教員も保護者も、子どもたちの健やかな成長と安心して学校で自己実現できることを願っている。本来、同じ方向を見ているはずだが、唯一異なるのは、保護者はわが子を、教員は担任する全ての子どもたちを見ていることだ。この違いを理解していないと対立構造が生まれる。相手と正対することで、そのズレは顕著になる。
そこで、少し思考の角度を変えて同じ方向を見るようにしたい。これは、立ち位置や面談時の席の位置にも言える。正面ではなく、90度の位置関係になれば、話しやすく、傾聴しやすくなる。同じ方向を見ていれば、共に歩むことができるのだ。
教員という立場で保護者と相対することになるが、その前提に「一人の人間」として接することを忘れてはならない。時として教員という立場がそれを阻害する。その要因と留意事項を整理しておきたい。
【極意1】受け入れずに受け止める
保護者にはさまざまな思いがある。前述のように「わが子のため」が最優先となる。教員としては、それまでの経験や知見から、果たしてそれがその子のためなのかと疑いたくなる。だから、受け入れ難いと思ってしまう。その思考から距離を置き、保護者の思いとして受け止めることが重要だ。受け入れることは容認することだが、受け止めることは理解することである。傾聴しても賛同する必要はないのだ。
【極意2】説得しない
誤りを正したくなるのは教員のさがかもしれない。子どもたちには必要なことでも、保護者の考えを修正させるような安易な言動には気を付けたい。そもそも、教員の視点でしか見ていないのに、本当に誤りだと断言できるのか、という省察も必要である。もし、保護者の「わが子のため」の修正が必要であれば、時間をかけ段階を踏んでいく必要がある。「お父さん、お母さん、それは違います」と言った途端、否定されたことのみが心に残り、関係を悪化させる。
【極意3】先入観を持たない
教員に限ったことではないが、「あの人は○○だから」と先入観を持って、人を見てしまうことがある。たくさんの子どもたちや保護者を見てきた教員は、人をパターンに当てはめて見てしまう傾向もある。その先入観がコミュニケーションを阻害し、悪化させることも肝に銘じておきたい。傾聴と言いながらも、自分の考えに引き寄せて聞いてしまっていることも自覚したい。
【極意4】情報を操作しない
人は「ここだけの話」を好む。だが保護者との対話の中で、他の子どもや保護者のことを、「ここだけの話」として伝えてはいけない。その事実は必ず他者に伝わる。冷静になればわが子のこともこうして伝えられていると判断する。また、臆測で伝えたり、人によって伝える内容を変えたりすることも信頼を失う。悪い情報は早く伝えることが鉄則であるが、出来事としての事実と、自分の思いや考えを明確に分けて伝える技術も必要である。
【極意5】授業を充実させる
わが子が学校で充実した生活を送っていれば、保護者は安心する。しかし、成長に伴い子どもたちは学校での出来事を話そうとしなくなる。そんな子どもたちも、自分が活躍できたり何かができたりするようになれば、うれしくて誰かに伝えたくなる。「今日、授業でね…」と家に帰って話したくなるような授業は、子どもたちも保護者も幸せにするのだ。結局、授業の充実、学校生活が楽しいということが、保護者との関係を良好に保つ。
昨今、交通系アプリなどの普及により、冒頭のような光景は少なくなった。迂回(うかい)ルートや復旧見込み時刻など詳細な情報がリアルタイムで入ってくるようになり、情報不足というストレスから解放された。
子どもたちの1人1台端末も、積極的な情報発信に活用できる。初めて逆上がりができたときの様子や、仲間の前で調べたことを発表する様子を動画に撮り、帰宅後に見てもらえれば、親子の会話が広がる。そんなわが子の姿を見て保護者は安心するのだ。