人を貸し出す図書館「ヒューマンライブラリー」をご存じだろうか。障害や人種的マイノリティーなど、偏見を持たれたり、敬遠されたりしやすい立場にある人が「本」となって貸し出される。「読者」は一対一あるいは少人数でその「本」の語りに耳を傾け、対話をする特別な図書館だ。
「読者」は、受付でタイトルとあらすじを読み、自分が借りたい「本」を選び、予約する。そして予約時間になると、その「本」と自由に対話を楽しむのだ。「本」の語りには、生きにくさを含む内面の自己開示が含まれていて、読者は「本」を傷つけない限り、何を聞いても良い。この点が講演会と大きく異なる。台本もないため、1回限りのライブ感がある。そして、たまたま興味をもった「本」との偶然の出会いもある。
「Don’t judge a book by its cover(本を表紙で判断してはいけない)」というモットーを掲げるこの活動は、デンマークのNGO「ストップ・ザ・バイオレンス(Stop the Violence)」が2000年に始めた。北欧最大のロックの祭典であるロスキレ・フェスティバルで、対話による偏見の低減を目指して実施されたことで大きな注目を集めた。
現在では、首都コペンハーゲンをはじめとしたデンマーク各地の公立図書館、学校、教員やソーシャルワーカーを養成する大学、企業などの研修などで実践されている。また2017年からテレビ番組としても放映され、反響を呼んでいる。
活動は海外にも広まり、ヨーロッパ、北米、アジアをはじめ、90カ国以上で実践されている。日本でも2008年以降、大学や市民団体を中心に広がり、17年にはネットワーク組織として日本ヒューマンライブラリー学会も設立された。
「本」の例としては、障害や病のある人、アルコールや薬物依存症の人、LGBT、デートDVやいじめ、虐待などの被害経験を持つ人、児童養護施設出身者、不登校や通信制高校経験者、移民や難民、全身タトゥーを入れている人やフェミニスト、元ホームレスやニート、誤解やイメージで語られがちな職業の人(政治家など)が挙げられる。
こうしてみると「本」になるのは、私たちの身の回りに一定数存在するにもかかわらず、直接出会う機会が少ない人が多い。社会によってマイノリティーにされている人たち、と捉えることもできる。
ヒューマンライブラリーがデンマークで広がった背景には、移民排斥運動やソーシャルメディアが広がる中で、異なる考えや背景をもつ他者との分断が進む状況がある。多様な人々との開かれた対話の場を持つことで、偏見を減らせると期待されている。
2017年の調査結果で、コペンハーゲン市の若者の26%、また非西欧のルーツを持つ若者の43%が差別された経験があると答えた。同市はこのような状況に対して、反ユダヤやイスラム教嫌悪への対策、学校における差別・偏見を低減する教育活動を予算化し、ヒューマンライブラリーを教育機関で実施する取り組みを進めている。
私たちが「読者」ならば、どのような「本」を借りたいだろうか。それはなぜだろうか。近くにいるはずなのに、自分と接点がないのはどのような人々だろうか。
ヒューマンライブラリーの実践は、日本の学校にはまだなじみがない。社会に開かれた教育課程を進める中で、私たちの社会に確かに存在する、多様な背景を持つ人々を受け入れてはどうだろうか。