【受験向け授業はしない】当たり前を疑う

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 福島県の教育を盛り上げようと、地域と連携した課題解決型授業やリベラル・ゼミ、反転授業など、次々と新しい取り組みにチャレンジしている教員がいる。福島県立福島高校の遠藤直哉教諭だ。授業で大切にしていることは、「何を教えるかではなく、どう興味を持たせるか」。インタビューの1回目は、2年前から実施している反転授業から見えてきた、生徒が持つ力の引き出し方について聞いた。(全3回)

子供の主体性を伸ばす反転授業

1年生では反転授業を行っている
1年生では反転授業を行っている
――1年生の反転授業を拝見しましたが、たくさん多様な質問が出てくるのに驚きました。

 1年生の生物は7クラス中5クラスを私が担当し、反転授業をしています。

 本校のホームページ内にある生徒専用の「manaba」(まなば)というコーナーに、私が過去に実施した授業の動画が全て上がっています。これらの動画の中から、生徒たちはその日の単元の動画を事前に見た上で、授業前に黒板に質問を書きます。その質問に私が答えたり、一緒に考えたりしながら授業を行います。

 これまでもさまざまな取り組みをしてきましたが、ずっと「子供たちの主体性を伸ばすためには、反転授業が必要だ」と思っていました。

 ただ、進学校で普通の授業を全くしないなんてことが許されるのか、動画を見てこなかったら授業にすらならないのではないかと悩み、あと一歩を踏み出せない状態が続きました。しかし、授業の動画が全単元そろったこともあり、思い切って2年前に始めたのです。

――生徒や周りの教員からの反応は、どうでしたか。

 最初は「普通の授業をしてください」という生徒が大半を占めました。でも、数カ月もしたら「元の授業には戻りたくない」と言うようになりましたね。

 他教科の教員からは、「事前に動画を見てこいということは、それだけ予習の時間を奪うことになる。生物だけに、そんなに時間を割かないでくれ」と反発もありました。

 でも、生物1教科の予習は年間20時間です。それを長いと言われたら何もできない。私も信念を持ってやっていたので、いろいろな反発はありながらもやり続けてきました。

 中には動画を見てこない生徒もいますし、黒板に質問があまり書かれない日もあります。

 それでもこの2年間の取り組みで、生徒たちは随分と主体的になりました。何より驚いたのが、20年近く高校教員をやってきて一度も聞かれたことのないような「本質的な質問」が、毎時間出てくるようになったことです。

生徒の課題発見力を奪っているのは教員

「当たり前を疑う思考力を養ってほしい」と遠藤教諭は語る
「当たり前を疑う思考力を養ってほしい」と遠藤教諭は語る
――「本質的な質問」とは、具体的にどのような質問でしょうか。

 例えば、腎臓は必要・不必要に関わらずいったん全部ろ過して、必要なものをすべて再吸収します。その割合は99%です。それを生徒たちは「なんで腎臓はそんな無駄なことをやるんですか? 最初からこの1%を捨てればいいじゃないですか?」と質問してきました。

 確かにそうですよね。これ、それまで一度も出たことのない質問だったんです。教員の私でさえ、「そういうものだ」と受け止めていたことです。

 私も考えたことがなかったから「面白いね。その質問、みんなで考えてみよう」と、生徒と一緒になって考えました。

 このように、本質を問う、当たり前を疑う質問が、毎時間どのクラスでもぽんぽん出てくるのです。

 生徒の「課題発見力」は、本当はすごいものがあります。でも、私たち大人が「こういうものだから」と教え込んでいるせいで、そうした力を奪っているのではないでしょうか。

 また、教員が生徒に対し、「知らない」と言えないのも問題だと思います。自分の知っていることしか教えられないのだったら、生徒が自分を超えることはできません。

 自分が知らないことを生徒が質問してきたら「すごいね」とか「私も考えたことなかった」と素直に伝える。私は生徒に「質問するのは君たちの仕事。それで俺を悩ませたら、君たちの勝ちだ」と伝えています。

何を聞いてもいい授業

生物とは関係ない質問にも答えるようにしている
生物とは関係ない質問にも答えるようにしている
――反転授業では、ノートを取っている生徒も少なかったように見えました。

 メモを取る生徒もいますが、基本的には聞いているだけの生徒が多いですね。

 じゃあ、授業後に覚えているかというと、忘れていることが多いです。「それなら意味がないじゃないか」と思うかもしれませんが、ワクワクしたり、楽しかったりした記憶が残っていれば、「楽しい教科だ」となる。それが私の狙いです。

 つまり、この段階では「自分で考えるって楽しいんだな」とさえ思ってくれればいい。1年生で学ぶのは「生物基礎」なので、2年生や3年生になってからでも十分に追いつけます。1年生の時は、知識を入れること以上にワクワクすること、勉強って楽しいんだなって思えることが大切なんです。

 黒板には、生物に限らず、気になっている質問を何でも書いていいスペースもとっています。過去には、「マグロってなんでおいしいんですか?」と書いた生徒もいました。

 こんな質問、普通の授業では怖くて聞けないですよね。教科的には生物でも家庭科でもない。家庭科の授業で聞いたとしても、おそらく答えは返ってこないでしょう。

 そんな中、1年生の生物では、あえて「この授業では、何でも聞いていいんだよ」と言うようにしています。

――2年生以降、理系・文系に分かれた後は、どのような授業になるのでしょうか。

 2年以降は、私も普通の授業をしています。でも、1年次の反転授業を経験しているので、生徒たちは「先生、それどうしてですか?」と聞ける。これが、大きいんです。

 私は「どうして?」「だからなんなの?」「そもそも……」と思う感性を大事にしていて、当たり前を疑う思考力を養ってほしいと思っています。1年次の反転授業で、生徒たちはそうした思考をし続けてきているからこそ、2年次以降も質問できるようになるのです。

 小さい頃は何でも怖がらずに聞くことができます。でも、小学校の高学年以降、だんだんと質問できなくなっていく。高校1年次に反転授業をすることによって、もう一度「何でも聞いていいんだ」と思ってもらえると考えています。

教科指導力を上げない限り、ALはうまくいかない

――テストの点数を心配する生徒や保護者もいるんじゃないでしょうか。

 1年生の他の2クラスは講義型の授業をしていますが、テストの平均点はほぼ変わりません。

 テストの点数が低い生徒も、全ての授業動画がネット上にあるので、いつでも勉強して追いつくことができます。「今は興味がなくてもいいよ。その気になったら、いつでもなんとかしてやるからな」という姿勢で、反転授業に挑戦しています。

 ちなみに、1年生の中でも特に授業と無関係のことばかり質問するクラスが、学年末考査では学年でトップでした。

 「何を教えるか」ではなく、「どう興味を持たせるか」を考えることで生徒は変わります。こうした結果からも、今の教育が知識の詰め込みに走り過ぎていることが分かります。

――知識偏重型の授業を変えていくために必要なことはなんでしょうか。

 例えば今、アクティブ・ラーニング(AL)の普及にいろいろな方が尽力されていますが、私はこのままではうまくいかないと思っています。発想がALの方法論に偏り過ぎているからです。

 私の反転授業を見ていただいても分かるように、生徒の頭をアクティブにした瞬間、想定外の反応が返ってきます。そのときに、果たしてどれだけの教員が対応できるのか。

 対応できるかどうかは、教員の教科指導力次第です。例えば、生徒が黒板にたくさんの質問を書いてきて、初任の教員がどれだけ対応できるかというと、多くの場合固まってしまいます。そうなると、生徒は「なんだ、質問を書いても答えてくれないじゃん」となり、次からは質問を書かなくなるでしょう。

 ALでも同様のことが起こり得ます。これを普及させるには、教員の教科指導力を徹底的に鍛えなくてはいけない。そのための施策を考えていくべきだと思います。

(聞き手・松井聡美)

【プロフィール】

遠藤直哉(えんどう・なおや) 福島県立福島高等学校・生物科教諭。福島生まれ福島育ち。初任校の実業高校において複数名の難関大学合格者を出し、その後県内有数の進学校に異動。県内進学校同士の連携、地域との連携、授業動画配信、リベラル・ゼミ等、新しい企画を次々と立ち上げる。生徒が考えること、行動することを重視した授業に定評がある。震災後は福島県の未来を担う人材の育成に力を注ぎ、大学や企業と連携しながら高校生主体の福島復興事業を展開。2010年に文部科学大臣優秀教員表彰。

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