スウェーデンにはかつて、国立のボーディングスクール(寄宿制学校)が3校あった。ストックホルムの北にあるシグチューナ校(SSHL)は1926年に創設され、現国王や元首相らが通った。ヨンショッピンにあるグレンナ校(Grennaskolan)は1963年に創設され、国際共修の先駆けとなった。卒業生にはザンビアの財務大臣やアフリカ開発銀行総裁などを歴任したアレクサンダー・チクワンダらがいる。ルンドベリ校(Lundbergs skola)は最も古く、1896年に創設された。カール・フィリップ王子をはじめ多くの王室関係者が通った。格式ある校舎、歴々の卒業生が過ごした寄宿舎、そして厳しい選抜とスパルタ教育――。知られざるエリート校における伝統の教育を見ていこう。
シグチューナ校のウェブサイトには、国王カール・グスタフ16世が卒業試験のねぎらいに学校を訪れたときの写真が掲げられている。学校の歴史を紹介するページには、富豪や投資家、誰もが知っている著名人の名前が卒業生リストに並ぶ。まさに、選ばれし上流階級のための学校だ。
同校は海外に住むスウェーデン人の子息を寄宿舎で受け入れ、教育することを目的に建てられたが、スウェーデン在住の寄宿生や近隣に住む通学生も受け入れている。基礎学校7年生(日本の中学1年生に相当)から高校生までの約700人が通う敷地には7つの寄宿舎があり、約200人が寮生活をしている。スウェーデン語による授業はもちろん、英語によるインターナショナル・バカロレア(IB)コースも提供している。
ボーディングスクールの魅力は放課後にある。同校は湖畔に立地し、美しい自然に囲まれている。広大なグラウンドやテニスコート、バスケットコートや体育館、図書館にカフェ、購買も隣接している。森での散歩や湖でのボート競技、演劇、楽器の演奏、エアロビクス、ヨガ、テニス、ゴルフ、テニスに乗馬――。寮では「寮親」がさまざまな相談に応じてくれる。生徒たちは思春期の長い共同生活を通じて、家族のように親密な関係になっていくという。
グレンナ校は風変わりな高校として1965年に始まった。当初は、スウェーデンの生徒と外国の生徒が共に学び、教師も外国から招聘(しょうへい)することを計画していた。授業も当時としてはかなり変わっていて、一斉授業だけでなく、大グループや小グループに分けて指導を行った。
同校は68年に英国に、翌年には仏と独に系列校を設置している。70年にはニューヨークやパリ、フランクフルトやジュネーブなどの10校のインターナショナル・スクールとともに、世界で初めてのIB試験を実施した。しかし、海外にある学校に通う生徒たちへの奨学金が支給されなくなったことで、74年には海外の学校を全て閉鎖した。その後、学校はヨンショッピン市に売却された。
公立学校になってしばらくは、基礎学校7年生から高校生までの約200人の生徒が通っていた。IBプログラムを提供し、高い教育力と魅力的な環境をアピールしていた。また、自然豊かな環境で余暇を過ごしながらスウェーデン語か英語を学べる3週間のサマースクールが人気だった。
しかし、近年は生徒数が減少し、経営を圧迫していた。ヨンショッピン市では150人程度の生徒が通わないと収支が合わないと見積もっていたが、100人程度の生徒しか集まらず、入学希望者も減り続けた。これにより、毎年の赤字額は5000万円に上り、地方の自治体には大きな負担となっていた。関係者の奮闘むなしく、2019年の卒業生をもって閉校となり、歴史的な校舎はヨンショッピン大学の関連会社に売却された。
ルンドベリ校は英国のボーディングスクールを模してつくられた。林業と鉄鉱業で財を成した実業家のウィリアム・オールソンが義理の両親から田舎の土地を買い取り、全校生徒5人からスタートした。将来の権力者を育てるという理想をもった同志たちが、スパルタ式で男子を教育する施設だった。
英国のボーディングスクールは大学への進学準備をメインにしていたが、オールソンは職業教育を重視した。戦前の記録によると、課外でも人格教育に取り組むなど、当時最も進歩的な教育だと評されていた。中でも乗馬は当初から有名で、1912年に開催されたストックホルム五輪では、同校の生徒2人がスウェーデン代表として参加した。
同校には、基礎学校9年生から高校生までの生徒約220人が通う。スウェーデンの学校は学費の徴収は認められていないが、寄宿制学校では、本来は保護者が行うべき教育を学校が肩代わりしているという理由から、特例的に授業料の徴収が認められている。同校では年間約300万円から約430万円の授業料と、300万円程度の寮費が必要になる。入学願書を送るだけでも3万円かかる。
高い学費を払うだけあって、寄宿舎生活は非常に充実している。教室での授業が終わると、生徒は自習時間になる。寮に戻ったり、教室に残ったりして、授業で出された課題に取り組む。この時間は義務で、当番の先生が夜8時まで教室に残り、生徒の質問を受け付ける。夕食は5時過ぎから食堂で提供され、課題と食事が終わった生徒から余暇の時間になる。
キャンパスは湖畔に立地しているため、冬はスケートやクロスカントリースキー、夏はボート競技ができる。他にも球技や陸上競技、フロアホッケー、射撃、ゴルフなどが楽しめ、伝統の寮対抗戦もある。また、寄付によって建てられた音楽棟には、リハーサルルーム、音楽スタジオ、ステージルーム、ラウンジなどが備わっていて、季節行事のコンサートなどに使われている。
ルンドベリ校は最近になって数々のスキャンダルが報じられている。2011年には学校内で深刻な虐待や体罰があるとして、学校査察庁が警察に告訴した。その後、学校が必要な対策を講じたとして同庁は2003年に告訴を取り下げた。しかし、同年8月には年長の男子生徒たちが儀式と称して、新入生に熱いアイロンを押し当てるという暴行事件を起こした。被害生徒が病院で治療を受けたことで警察に通報が入り、学校査察庁にも通知された。同庁は調査を行い、同校に半年間の閉校命令を出した。加害生徒のうち2人は有罪判決を受けている。
このいじめ事件は国立のボーディングスクール全体に対する批判につながった。報道では、ニューリッチ(新興富裕層)の生徒たちが伝統的な富裕層のネットワークを脅かす存在として敵視され、いじめが常態化していたことや、年少者に対する嫌がらせが学校の伝統として公然と行われていたことが暴露された。エリート学校に対する風当たりは強く、他の2校を含めて廃校にすべきだという意見を支持する人も多かった。
教育法や学校教育法によって特権的な地位が与えられている国立のボーディングスクールは、通常の運営費に加えて、生徒1人当たり年間約80万円の国費が追加で支給されていた。上流階級の知られざる世界に対する国民の反感を受けて、政府は国費補助を廃止し、国立のボーディングスクールを他の私立学校と同じステータスに変更することを決めた。
ルンドベリ校は、2014年には校内で女子生徒に対する性的暴行があり、その様子を撮影したビデオが男子生徒の間で出回るスキャンダルがあった。昨年末にも食堂で100人規模の食中毒事件が起こり、学校閉鎖になった。昨年9月に着任した校長は今年1月に辞任し、代わりに就任したエディー・ヨハンソン校長も6月に解雇されることになった。
ヨハンソン氏はシグチューナ校の元校長で、海外での勤務経験など輝かしい経歴を持っていた。しかし、新型コロナウイルスによる学校閉鎖から再開する際に、地方当局から再開の許可を得たというメールを教職員に送ったことから、内部での反発が強まっていたと報じられている。地方当局からの連絡は全く逆で、再開を許可しないという内容だったのだ。
学校理事会は解雇理由を公表していないが、地元紙のインタビューで「ボーディングスクールの校長には他の学校とは違う責任があり、普通の校長職に比べて非常に難しい役割があります」と述べている。