【希望を生み出す「自分研究」】 ワクワクのある学び場

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 インクルーシブ教育の本質に向き合い、約10年間にわたって子どもの生きづらさを取り除く「自分研究」の実践に取り組んできた東京都狛江市立狛江第三小学校の森村美和子教諭。日々の実践においては、子どもたちから「はっとさせられる」ことばかりだと言う。インタビュー最終回では、コロナ禍で加速したICTの活用をはじめ、学校教育や特別支援教育における今後の展望を聞いた。(全3回)

自己理解は環境から

――コロナ禍で「GIGAスクール構想」が前倒しになりましたが、担任している「あおば学級」では、3年前からタブレット端末を授業に取り入れていますね。

 狛江市では2018年度に全小中学校に80台ずつ、特別支援学級がある学校にはさらに10台ずつ、タブレット端末が配備されました。あおば学級には人前で発表することが苦手な子が少なくありませんが、そういう子もパーテーションの後ろに立ってプレゼンテーションソフトを使えば、ちゃんと発表ができます。

 ただ、当時はまだタブレット端末をオンラインでつなぐことまでは全く考えていませんでした。

――コロナ禍でオンライン化に踏み切ったのですね。

 はい。教員もリモートで会議をするようになる中で、「授業でも使えるのではないか」と思いました。授業での機器の活用はすでに進んでいて、子どもたちは慣れていたので、必要なのは学校の決断だけでした。

自宅と教室をオンラインでつないだ図工の授業
自宅と教室をオンラインでつないだ図工の授業

 20年春に一斉休校となった際、子どもたちは学校再開後にも気持ちが安定せず、中には学校に通えない子もいて、私自身もどうしていいか分からず落ち込んでいました。そんな時、本校の荒川元邦校長が「常識にとらわれず、子どもたちにとっていいと思うことなら、なんでもやってみましょう」と言ってくれたことで、自宅と教室を直接オンラインでつなぐことに踏み切ることができました。

 そうして自宅からでも授業に参加する機会をつくることができました。また、特別支援学級と通常の学級をオンラインで結んだ授業も行いました。例えば図工の授業では、作業台の上にオンラインでつながった端末を置きながら作業することで、集団に入れない子も友達が隣にいる感覚で創作活動ができました。

芸大×企業×教室で「香りの開発」

――外部機関とリモートで連携する取り組みも始めたそうですね。

 オンライン化が図られたことで、大学や企業などと連携した授業もできるようになりました。それまでも外部との連携は画策していましたが、オンラインの活用で実現したのです。集団が苦手で、新しい場所や人に慣れるのに時間がかる子どもたちにとっても、オンラインはちょうど良い距離感で外部と接することができるツールです。

 オンラインを活用した取り組みとして、東京藝術大学で「インクルーシブアーツ教育」を研究する先生方の協力の下、大学の研究室と香料会社、あおば学級をオンラインでつなぎ、新しい香りを生み出すプロジェクトを実施しました。20年7月にスタートし、同年9月に東京芸術劇場で行われたイベント「ボンクリ(ボーン・クリエーティブ)・フェス2020」において、開発した香りを発表しました。

 この共同研究では、「クリエイティブな香り」を作り出すことを目標に、まず「クリエイティブとは何か」について子どもたちが考えました。そうして生み出したイメージを基に、香料会社がサンプルを20種類ほど作り、子どもたちはそれらを嗅ぎながら意見を出し合いました。

 あおば学級にはにおいに敏感な子が多く、においによって集中できなくなったり、嫌な気持ちになったりする傾向がありました。でも、香りの開発ではにおいへの敏感さが強みになりました。東京藝術大学の先生は子どもたちを「デザイナーであり、アーティスト」と評価し、「人と違うことは貴重なことだ」と評してくれました。

 弱点を強みに変えて研究に貢献できたこと、そしてこれまで「できない」と諦めていたことを「できる」に変えられたことは、子どもたちにとって大きな経験でした。

バリアがあるのは

――子どもたちはさまざまな成功体験を積み重ねているのですね。

 卒業生に場面かん黙の子がいました。体調や心境を聞かれても答えられない悩みを抱えていましたが、「絵なら表現できる」ということで「元気」「疲れている」「体調が悪い」など状態を描いた「体調気持ちっぷ」という絵のカードを作りました。このカードを自分用だけではなく、保健室用にも作ってくれたので、通常学級の子どもも保健室で「体調気持ちっぷ」を使って自分の状態を伝えています。

 カードを作った本人は、自分の絵が人の役に立つという成功体験を得られましたし、障害の有無にかかわらず誰にとっても利用しやすいとはこういうことだという実例を示してくれました。

――まさにユニバーサルデザインを実践したのですね。

熊谷晋一郎准教授を招いた授業
熊谷晋一郎准教授を招いた授業

 ユニバーサルデザインについて言えば、東京大学先端科学技術研究センターの熊谷晋一郎准教授があおば学級に外部講師として訪れた際に、こんな出来事がありました。

 熊谷准教授が階段、車椅子の人、健常者が描かれた一枚の絵を示して、「どこにバリアがあると思いますか?」と子どもたちに尋ね、該当する箇所に付箋を貼るよう指示しました。

 通常なら階段などに貼ると思うのですが、子どもたちは健常者に何枚もの付箋を貼ったのです。「助けようとしていない」「車椅子での移動の大変さを理解していない」「見えない障害があるのかもしれない」といった理由からです。

 本当に驚かされました。今の世の中にあるユニバーサルデザインも、この子たちは全く違った視点で捉え直すのだろうと感じました。

みんなが幸せになれる社会とは

――自身も子どもたちから学んでいるのですね。

 不安な気持ちについて「どんな気持ちも大事」と教えてくれたり、「心にさわるのは誰かに相談すること。一人では、ばくはつしちゃう」と表現したり、子どもたちの発想にはっとさせられることばかりです。

 例えば、休み時間に「灯台を描いてみよう」という遊びの中で、私がごく一般的な簡略化された灯台を描いたところ、子どもたちに「しょうゆ差しだ」と笑われました。そう言う子どもたちの絵を見ると、リアルな灯台の絵を実に克明に描いていて驚かされました。

 大切なのは「どちらがすごい」「何が正解か」ではなく、「違いがある」ということです。これは、今の日本の教育全般において必要な視点だと思います。正解以外を切り捨てるのではなく、互いの折り合いがつくポイントを対話により探していく。そうした営みが、みんなを幸せにして「Win-Win」の状態をつくり出すのだと考えます。

――子どもたちの発想をうまく取り入れていけたらいいですね。

「ワクワクを大事にしたい」と語る森村教諭
「ワクワクを大事にしたい」と語る森村教諭

 「自分研究」には、「自分はこんなことで困っている」と相談することで、先生や他の子どもに「共同研究者」になってもらい、応援してもらえる利点があります。今後はそれだけにとどまらず、好きなことを研究し、子どもが自由に発想することで「ワクワク」を生み、それを周囲に広げていけるような支援の在り方を見いだしたいと思っています。子どもも大人も、「ワクワク」を人生のベースに据えて生きていけたら、楽しく、幸せになれるのではないでしょうか。

――他に今後取り組んでいきたいことはありますか。

 生きづらさを抱える子どもたちの声を今後も届けていきたいと思っています。まだまだ、分からないこと、うまくできてないことがたくさんあるので、子どもたちに教えてもらいたいです。また、私一人や学校だけでは難しいこともたくさんあります。子どもたちの学びの選択肢が増えるように、学校の外部など多様な学びの場や人と積極的につながって協力を得ながら、「違いが価値になる」教育を少しずつ実現していきたいと考えています。

【プロフィール】

森村美和子(もりむら・みわこ) 東京都公立小学校の特別支援学級教員。学校心理士。知的障害学級や通級指導学級、巡回指導で実践を重ねる。2012年に東京大学先端科学技術研究センターの熊谷晋一郎准教授と出会い、教育の場での「自分研究」を新たな実践としてスタートさせた。現職教員として働く傍ら早稲田大学大学院で学びを深め、現在は特別支援学級担任を務める。2017年度文部科学大臣優秀教職員表彰受賞。主な著書に『特別な支援が必要な子たちの「自分研究」のススメ』(金子書房)、『特別支援教育をサポートする ソーシャルスキルトレーニング(SST)実践教材集』(共著、ナツメ社)、『発達障害のある子の社会性とコミュニケーションの支援』(共著、金子書房)など。

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