デンマーク北西部にあるビルン市は、レゴの本社やレゴランドがある、レゴ創業の地だ。2012年に市とレゴ財団は協定を結び、官民連携による「子ども中心の街づくり」を進めている。その理念は、「ビルン市は、子どもの首都(Capital of Children)であり、子どもたちが遊びを通じて学び、創造的なグローバル市民になる」というものだ。
10年前、市とレゴ財団は半分ずつ出資して「子どもの首都・遊び心(CoC Playful Minds)」(以下、CoC)という企業を設立した。この企業が中心となり、学校や図書館などの公共機関、大学や研究機関、企業、非営利組織と協働し、さまざまな取り組みを実施してきた。
まず、市の開発計画や将来ビジョン策定に、子どもたちの声が反映されるようになった。例えば、フィルスコー学校の6年生と7年生の子どもたちは、「どのような公園を作りたいか」について、50人以上の市民と共にアイデアを出し合った。話し合いを踏まえて作られた公園には、地域の歴史やアイデンティティーが表現され、子どもたちの希望を反映してケーブルカーや小さなタワー、ビーチバレーコートや森の中の展望台などが設置された。標準化された公園ではなく、地域の子どもや大人が望む唯一無二の公園が目指されている。
また、3人の小学生は、市内にスケートパークを作るために、CoCや、保護者、スケートボードが好きな若者たちと「ビルン・スケートパーク・プロジェクト」を立ち上げた。スケートボードの魅力を市民に体験してもらうためのワークショップや、開設費用を集めるためのTシャツ販売などで支援の輪を広め、期間限定ではあったが、8歳以上であれば誰でも利用可能なスケートパークの開設を実現した。
他にも、人が座ると子どもたちがつくった音楽や歌や物語が聞こえるベンチ、トンネルの壁に自分の作品を展示できるオープンアートギャラリー、トンネルをディスコとして活用するなど、ユニークなアイデアが、子どもと大人の共創を通して生み出されている。こうして生まれたモノや場をはじめ、誰でも楽しめる遊びと学びの体験スポットは「プレイライン」としてつなげられ、観光マップに記載されている。
CoCの活動の根底にある考えは、「子どもが大人から学ぶのと同じかそれ以上に、大人は子どもから学ぶことができる」というものだ。特に新しいことを創造するときにはそうだという。また「子どもは自身の生活の専門家であり、自分の生活や暮らす社会をつくるために活動する資源を持っている」存在だという。つまり、子どもを大人と対等な市民として、共に市の未来をつくる当事者として捉えているのだ。
ユニセフは20年に、ビルン市を「子どもにやさしい街」に認定している。デンマークでは初の認定で、子どもたちの意見表明や参加の権利、そして子どもたちのウェルビーイングが保障されていることを評価したものだ。
ビルン市は「家族から最も選ばれる街」を目指している。家具職人オーレ・キアク・クリスチャンセンが1932年に木製玩具の製造、販売を開始して以来、市はレゴ社と共に発展してきた。レゴ社は1947年にプラスチック製玩具の開発を始め、町に空港をつくり、1968年にはテーマパーク・レゴランドを開園した。これにより、市は家族連れの人気の観光地となった。またレゴ社やそのグループ企業で働く人で人口が増加した。
その一方で、車がないと不便で、公共空間の多くが駐車場という郊外の街でもあった。市は、この状況を変えたかった。
町を変えることは、レゴ社の経営にもメリットがある。レゴ社のブランド戦略は、子ども向けにブロックを組み立てる遊び体験を提供することから、全世代を対象に、学習と創造のための方法としての遊び体験を提供することに移行しているという。「遊びを通じて学ぶ」哲学を具現化した街づくりは、持続可能な社会の発展に携わる経営戦略の一環でもあるのだ。
2012年には市内15の教育機関に、6歳から19歳対象のSTEAM教育プログラムである「レゴ・エデュケーション・イノベーション・スタジオ」を寄贈した。13年には遊びを通じた学びを核とするインターナショナル・スクールを開校。17年にはレゴの哲学を体験できる施設「レゴハウス」を設立し、21年にはレゴの新本社「レゴキャンパス」が完成し話題となった。
「子ども中心の街づくり」は、子どもだけでなく、市とレゴ社にも恩恵があるのだ。