NPO法人Waffle(ワッフル)の取り組みは、IT系をはじめとする企業から注目を集めている。「ジェンダー平等を実現していない企業は今後、消費者からも学生からも選ばれない」という文脈から、企業の生き残りをかけた経営課題と直結しているからだ。今秋、代表の田中沙弥果さんはWaffleの活動をさらに充実させるべく、米国へ視察に出向き、理工系の女子学生比率を向上させた大学やNPOを訪ねる予定でいる。インタビューの最終回では、国際的な潮流から見たジェンダーギャップの解消について、その思いを聞いた。(全3回)
――海外ではWaffleのような活動は盛んなのでしょうか。
女子中高生のIT系進路支援に特化したNPOは、日本国内には私たちぐらいしかありませんが、米国にはそうしたプレーヤーが数多くいます。女性や女子高生に対象を絞ったプログラミングイベントは各地で開催されていますし、各大学にも女子学生にプログラミングを指導するメンターが配置されています。
大学独自の取り組みも盛んです。工学部の女子学生比率を10%以下から50%近くまで引き上げることを決めた大学が幾つか出てきています。スタンフォード大学やハーバード大学も30%程度を目指そうとするなど、すでにIT分野のジェンダーギャップ解消に向けた改革が起き始めています。一方の日本は本当にこれからです。そのため、この秋に米国へ視察に行くことにしました。
――どの辺りを回るのですか。
サンフランシスコとロサンゼルス、ボストン、フロリダに行く予定です。コンピューターサイエンス系学部の女性比率をこの10年で高めることに成功した大学を回って、現状を確かめてきます。日本よりもおそらく10年先を走っていますので、Waffleの未来や政策提言につなげていきたいと考えています。
日本でも文科省が動き始めていて、理工学系学部の女子枠を増やしたり、教員ポストを増やしたりする大学も出てきています。東京工業大学では8部局で女性教員のポストを増設し、女性限定の教員公募を始めるなどの改革がスタートしています。日本の大学にも刺激になる情報を持ち帰れたらと思っています。
――企業側のデジタル人材ジェンダーギャップ解消に向けた意識は高いようですか。そもそもデジタル人材が不足している状況があります。
そうですね。IT企業も「採用したいのに人材がいない」とずっと言い続けています。そうした状況もあり、最近は本腰を入れた改革への機運が高まってきています。
以前、ジェンダーギャップ解消はCSR、企業の社会的貢献の一環として扱われてきました。今は多くの企業が経営戦略の一つとして捉えるなど、完全に風向きが変わってきています。
その流れで今、「ESG投資」においても、ジェンダーギャップの解消が注目されています。ESG投資とは、企業の財務情報だけでなく、環境(Environment)と社会(Social)、ガバナンス(Governance)などの非財務情報を投資の判断材料にする考え方です。これまではCO2削減や脱プラスチックといった環境要素が強く打ち出されていましたが、最近では人権への関心も世界的に高まってきています。
今年7月には女性活躍推進法の省令が改正され、企業は男女間の賃金格差を開示することが義務付けられました。新卒採用における女性比率や、女性管理職の登用状況も明らかにされます。
これからの企業はジェンダーギャップ解消に取り組まなければ、投資家、消費者、学生から選ばれなくなる時代です。女子中高生のIT進路に関するジェンダーギャップ解消は、企業の経営課題にも結び付いているのだということを理解してほしいです。
――多くの企業がWaffleを支援する理由もそこにあるのですね。
現在、IT系を中心とした企業からの寄付で、各プログラムを無償で提供しています。参加者の負担はありません。自治体との協働でも1回目は無料で開催できるようにしています。でも、ずっとそうするわけにはいきませんので、継続開催する場合は予算確保に向けて動いてもらえるよう働き掛けています。
――学校の教員が、女子のIT系進学を応援するためにできることは何かあるのでしょうか。
文理関係なく、女子生徒・学生に好きなことを追求できる道を促してほしいですね。やはり先生の一言は生徒にとって大きいものがあります。先生が応援する方に引っ張られる生徒もいますからね。
日本は男女ともに数学がよくできるのに、その力をうまく活用できていないと感じることもあります。以前、米国へ行った時に小学校でボランティアをさせてもらったことがありました。日本の子どもが小学校低学年で学ぶ算数の内容を、現地では6年生がやっていて驚きました。
一方、女子生徒を後押しするには、先生自身のジェンダーバイアスを取り除いていくことも大切です。内閣府は教育現場でバイアスのかかった先生の言葉掛けや態度の事例を集めた啓発集も出しています。ぜひ参考にしてほしいと思います。
プログラミングについても同様です。前職で教員向けのプログラミング研修に関わっていましたが、小学校の先生は7割が女性のはずなのに、プログラミング研修に来る先生の9割は男性でした。「情報系は男性が得意」というステレオタイプも、解消していく必要があります。
――田中さんは起業したいという夢を、紆余(うよ)曲折を経て実現しました。社会課題を解決するために起業したいと考える中高生に伝えたいことはありますか。
自分のやりたいことを発信して仲間を見つけていってほしいですね。中高生と話をすると「自分のやりたいことを発信していいんだと、あまり言われたことがない」と言います。勉強面でも何か一つに突出するよりも、5教科を満遍なくできることがより良いことだと彼女たちは感じているようです。
高校生の多くは「やりたいことを仕事にできる」とは思っていないのかもしれません。でも、中高生の頃から「自分のやりたいことは、忠実に目指せば仕事にできる」と思っていいんです。そのためにSNSなどもどんどん利用し、「こういうことがやりたい」と発信するなどして、仲間づくりをしてほしいですね。
【プロフィール】
田中沙弥果(たなか・さやか) 1991年生まれ。2017年、NPO法人みんなのコード入職。文科省後援事業に従事したほか、全国20都市以上の教育委員会と連携し、学校の教員がプログラミング教育を授業で実施するために事業を推進。17年から女子およびジェンダーマイノリティーの中高生向けに、IT教育の機会提供を開始。19年にIT分野のジェンダーギャップを埋めるため、一般社団法人Waffleを設立。20年、Forbes JAPAN誌「世界を変える30歳未満30人」を受賞。内閣府若者円卓会議委員。経産省「デジタル関連部活支援の在り方に関する検討会」有識者。