【子どもが変わる「しつもん」の力】 遊ぶように学ぶ

【子どもが変わる「しつもん」の力】 遊ぶように学ぶ
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 日本の固定観念が先生を息苦しくさせている――。「しつもんメンタルトレーニング」の考案者として注目を集める藤代圭一氏は、ドイツやバリ島など海外の教育動向を踏まえてそう指摘する。インタビューの最終回では、海外で目にした学びの在り方や、保護者対応の効果的な方策、日本の学校教育に対する思いなどを聞いた。(全3回)

「そういう質問は大嫌い」

──海外視察などもしながら研究を深められているそうですね。特に印象深かった体験について教えてください。

ドイツの「ミニ・ミュンヘン」の様子
ドイツの「ミニ・ミュンヘン」の様子

 ドイツで隔年開催される「ミニ・ミュンヘン」というイベントがあります。7歳から15歳までの子どもだけで約40日間運営される、いわば「小さな都市」です。このイベントで子どもは好きなことを仕事にし、通貨を稼いで必要な物を買います。生産者になることもできますし、消費者になることもできます。裁判員や警察官も子どもが務めます。
 
 僕が訪れた時にはちょうどミニ・ミュンヘン創設者のゲルト・グリューナイズルさんがいらして、話を伺う機会をいただきました。

 そこである方が「この取り組みを通じて、どんな力が身に付きますか?」と尋ねたところ、グリューナイズルさんが怒りだしたのです。「そういう質問は大嫌いだ。ここに来ている子の顔を見てみなさい。彼らの目は輝いている。それ以上に何が必要なんだ。そうやって『何 のためになるのか』と考えてばかりではよくない」と。

――でも、多くの人がする質問ですよね。

 そうなんですよ。「こういう力が身に付く」という説明は、人に興味を持ってもらう上で必要です。でも、元教員のグリューナイズルさんは、自由な遊びから学びが生まれる場を作りたくて「ミニ・ミュンヘン」を始めたそうです。

 もちろん、彼の考えが全てに当てはまるわけではなく、既存の学校には「こうあるべき」という固定観念があって、その枠組みの中にいる先生が、自由に学びの場を設定するのは難しいものがあります。でも、やはり子どもの成長のベースには「遊ぶように学ぶ」要素が必要だと、「ミニ・ミュンヘン」を見て改めて感じました。

興味ありきの授業設計

――その他に、海外視察で印象深かったことは何かありましたか。

バリ島の「グリーンスクール」。校舎は竹で作られている
バリ島の「グリーンスクール」。校舎は竹で作られている

 バリ島に、未来のリーダーを育てる「グリーンスクール」という学校があります。幼稚園児から高校生までが通える学校で、宝石業で財をなしたジョン・ハーディーさんが「恩返しをしたい」と創設したそうです。

 バリ島はリゾート地のイメージが強いですが、実は廃棄物処理が不十分で、あちこちにごみが散乱しています。そうした状況を受けてこの学校では、子どもたちが「環境に対する意識を変えていこう」と声を上げました。その対話の場で衝撃を受けたのは、小さい子が「どうすればロールタオルをなくせるか」について話していたんです。

――ロールタオルとは、手を洗った後に使うロール型のタオルですよね。日本ではあまり見かけなくなりましたが。

 はい。子どもが環境について日常的に考えている姿を見て「すごいな」と思い、何度も足を運ぶようになりました。

 この学校は校舎が全て竹で作られているなど自然に溶け込んだデザインになっていて、農作物を作るプロジェクトを毎年実施しています。一般的に、学校での農作業は手順を丁寧に検証し、「失敗しないように」進められると思うのですが、そうしたことが一切ありませんでした。
 
 一度は子どもだけで考える機会をつくり実践します。当然失敗するので、その経験をもとに「失敗の原因は?」「どのようにすればより良くなるだろう?」などと振り返った上で、次の段階に進むのです。

 そのプロジェクトでは作業に必要な算数の学習を組み込むなど、子どもが興味を抱いていることや必要だと感じていることに基づいて、カリキュラムが編成されていました。この「興味ありきの授業設計」を実際に作るのは容易ではありませんが、視点としては持ち合わせていたいと感じました。

――確かに、子どもの興味から学びを展開するのは理想的ですね。

 ドイツの幼稚園では、子どもが普段何気なく口にしている問いを、先生が小さな紙に書き留めていました。それを瓶の中に収めておいて、哲学の授業になると一つ取り出し、それについて皆で車座になって対話をするのです。正解を出すための時間ではないので、ひたすら問いについて考えを出し合います。その授業では、聞き役の先生の他にノートに書き留める係の先生もいました。

 問いはさまざまで、「どうして涙は出るの?」「どうして他の子のおもちゃで遊んではいけないの?」などの子どもらしい質問の他に、「どうしたら好きな人が運命の人だと分かるの?」なんて、大人も答えに窮するような問いもありました。子どもが持つ「しつもん力」のすごさをベースにした授業に、衝撃を受けました。

 もちろん、海外の教育を取り入れればよいという単純な話ではありません。僕自身は日本の学校もたくさん訪問させてもらっていますが、その中で然るべき教育の在り方を探っていくには客観視する必要があると考え、海外視察をして多様な教育の在り方を学んでいるところです。

伝え方のポイントは保護者対応にも

――海外視察も踏まえて、子どもに対しては説明より対話を重視しているのですね。

 その点はサッカースクールでの経験も生きています。スクール生が次々と去ってしまった時の最大の失敗は、説明を繰り返していたことでした。勉強が嫌いな子どもに「勉強は大事だよ」と説明しても伝わりづらいように、伝えるには工夫が必要です。

 いつも考えていることは「どうすれば伝わるか」です。「伝える」は自分が主体で、「伝わる」は相手が主体。ポイントは「共感」で、有効な手段は「自分の過去の体験」と「つくる体験」です。

 例えば、感謝の重要性を伝えたいと思ったら、まず自分の過去の体験を探って、「どんなときに感謝の気持ちが湧いたか」と自らに問い掛け、それを丁寧にストーリーとともに言葉にする必要があります。

「先生が仕事をのびのびと楽しむために」と語る藤代さん
「先生が仕事をのびのびと楽しむために」と語る藤代さん

 そして「つくる体験」ですが、例えば僕の友人のサッカークラブは東日本大震災以降、毎年子どもたちと被災地を訪問して、現地の人に話を聞く活動をしています。その後、子どもに「どんなことを感じた?」と問い掛けると、多くの場合「今の暮らしに感謝したい」「スポーツできるのは幸せ」と答えるそうです。

 もちろん、感謝の重要性に気付かない子もいますが、その場合は異なる角度の「体験」を用意すればいいんです。

 忘れるのを見越して思い出す機会をつくるのも大切です。相手に伝わるまでには、「説明」「納得」「理解」「共感」という4段階があると考えています。「何度言ったら分かるんだ」と言いたくなる子は、「言われても分からない」というサインを出していると考えれば、むやみに怒ることも減るでしょう。アプローチを変えるとよいと思います。

――教員は子どもだけではなく保護者に伝えることも多く、「伝わらない」とストレスを感じることもあります。保護者対応にも生かせそうですね。

 保護者には別の難しさがあります。子どもは柔軟ですが、大人になると思考が固まりがちです。でも、基本はやはり先ほどの4段階で、伝えるためのアプローチを探すことです。

 前提として、「この人は大丈夫そうだ」とガードを下げてもらう必要があります。まずは相手の話に耳を傾け、全てを吐き出してもらう。そうしないと、こちらの話を聞く心の余白が生まれません。

 良くないのは、いきなり問題点に触れることです。多くの人は、そうされると「自分を否定された」と感じてしまいます。すると相手は自分の殻に閉じこもってしまいます。

 また、「ルールだから」と言いたくなることもあると思いますが、先生が自分の言葉で伝えることが重要だと僕は思います。その時に大切なのは体験談だと思うんです。

 「なぜ、この指導をしているのか」「なぜ、この指導の仕方を大切にしているのか」という問いについて、先生なりの体験談を語ることができれば、共感が生まれると考えます。

――自分の考えを伝えることは、教員にとっても自分の教育観を見つめ直すきっかけになります。

 僕は社会が学校に抱く固定観念の強さが課題の一つだと思っています。世間の「教員はこうあるべき」という意識が、先生を息苦しくさせている。仕事をのびのびと楽しんでもらうためにも、社会が意識を変えなければならないと感じています。

 ドイツなど海外の学校で「保護者とどうやってコミュニケーションを取っていますか」と質問すると、不思議な顔をされます。別に保護者だから特別に考えるわけではなく、近隣住民としてごく自然に関わっていて、一緒にバーベキューをすることもあるようです。

 日本で先生と保護者がバーベキューをすると話すと、「えっ?」と驚かれるでしょう。でも、なぜそれが「えっ?」になるのか。同じ地域で生活する住民として関わることができたら、互いに助け合って子どもたちを育てていけるのではないでしょうか。

 今僕が住んでいる島根県の離島では、地域行事などを通じ、「先生と保護者」という役割を超えた関係性があります。互いが地域住民として自然に接することができたら、先生はもっとのびのびと子どもの学びの場をつくれるのではないでしょうか。

【プロフィール】

藤代圭一(ふじしろ・けいいち) 問い掛けることで自分を知り、幸福度を高めるアプローチが人気。島根県の離島・海士町と沖縄の2拠点で暮らしながら、全国各地で「自分らしく生きる」講演・セミナー活動を行う。また、教えるのではなく問い掛けることでやる気を引き出し、考える力を育む『しつもんメンタルトレーニング』を考案。アムステルダムやシアトル、シンガポールなど世界各地の子どもたちにも実施。全国優勝チーム、日本代表チームなどさまざまなジャンルのメンタルコーチを務める。子どもや選手に「やらせる」のではなく「やりたくなる」動機付けを得意とし、全国各地の指導者のコーチとしても活躍。52の問いを散りばめた「Life is Learningカード(対話カード)」は、海士町のホテル「エントウ」のアメニティーにも採用され「自分とつながり直すきっかけになった」と好評を得ている。『私を幸せにする質問』(東洋館出版社)など著書多数。

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