【部活大好き先生の生きる道】 ポイントは生徒に任せること

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 埼玉県の公立中学校教員として、赴任校の吹奏楽部を全国大会常連校に育て上げてきた中畑裕太教諭。教職10年目を迎えた2019年、私立の新設高校である叡明高等学校の教員に転身。早速、各種大会で金賞を受賞するなど「さすが」の声が聞かれる中、実は部活動運営は「危機的な状況だった」という。部活動の地域移行が議論される中、部活動指導に熱意を注いできた中畑教諭に、これからの部活動の在り方を聞いた。(全3回)

中学で実績を重ねても、高校でもうまくいくとは限らない

――埼玉県内の公立中学校に10年間勤務されて、19年に現在の叡明高校に移られたわけですが、やはり高校は中学とは違うものでしょうか。

 そうですね。中学校から高校に移って気付いたのは、私はどちらかというと「子どもたちを引っ張ってレールに乗せる」のが得意なタイプだということです。振り返ると、中学生は教師が「こっちだよ」と旗を振って、子どもたちを軌道に乗せさえすれば力を発揮します。そうして力を発揮できる状況をつくった上で、子どもたちの自主性を育むことが重要だと思います。

 そのため、中学校の吹奏楽部は顧問の先生によって結果が変わってくると言われます。中学校教員だった頃は、学級経営も部活動の運営も集団をきちんと育てれば、子どもたちの活動も良い方向に動いてくれる面が多かったんです。

 一方で高校の場合、生徒たちは年齢も15~18歳ですし、もう大人です。高校でももちろん集団指導はしますが、それだけでは不十分で、一人一人と対話しながら一緒につくっていく必要があります。個々に対する理解を中学校以上に深めていかなければ、子どもたちに見透かされてしまいます。

――高校に来て、それを実感したのですか。

「昨年まで部活動運営はうまくいっていなかった」と振り返る中畑教諭
「昨年まで部活動運営はうまくいっていなかった」と振り返る中畑教諭

 まさにその通りです。実を言うと、昨年のこの時期まで部活動の指導はうまくいっていませんでした。はた目には部員数が増え、大会で結果も出始めていたのでうまくいっているように見えたでしょうが、生徒たちとの接し方という面でバランスの取り方がよく分からず、うまくいっていなかったと感じています。

――部員の数は、どのくらい増えたのですか。

 私がこの学校に来た時は9人でしたが、現在は160人以上います。今の2、3年生は、まだ結果が出ていない状態で吹奏楽部に入部した生徒たちです。何の結果も出ていないのに部員が増えたというのは、私自身の過去の実績に期待してという面もあるのでしょう。

 外から見れば私が顧問になって部員数が増え、私自身も楽しく笑顔で部活動指導をやっているように見えるでしょうが、中から見ると違います。私の細かい指導、厳しい指導に耐えかねて、辞める部員も結構いました。

――意外と大変な状況だったのですね。

 本校の吹奏楽部には、部長1人と副部長2人、コンサートマスター2人、マネージャー2人で構成される執行部があります。部長と副部長は昨年まで、役職も含め私が指名していました。ところが昨年の秋頃、その部長と副部長が全員辞めてしまったのです。「もっと生徒たちの話をきちんと聞くべきだった」「生徒たちに任せるべきだった」と最初に感じたのはその時です。

 実際のところ、スケジュールにせよ演奏会の演出にせよ、私がやった方が早いんです。そのため、最初は私が主導する形で進めてしまいました。私自身が中学校での成功体験にあぐらをかいて、教師として成長してなかったんですよね。中学校教師のまま高校生を相手にしていたことが大きな失敗でした。高校の場合、種をまいた段階で生徒たちにバトンを渡さないと花が咲きません。

生徒が築き上げたものこそが伝統になる

――そこで、指導方法を転換したのでしょうか。

中学の教員から高校の教員へ成長することが必要だったと話す
中学の教員から高校の教員へ成長することが必要だったと話す

 そうですね。今は生徒たちとかなり話をしますし、頼み事もします。部長や副部長なども、生徒たち自身が先輩の意見などを参考にしながら決めています。高校生はわれわれが思っている以上にいろいろなことを考えているので、生徒側から私に対して心の扉を開いてもらわないといけません。

 中学校の場合、とりわけ吹奏楽部はほとんどの生徒たちが初心者です。全国大会に出場する学校も、その段階から高いレベルまで技術を高めていくわけです。そこでは、たとえ心の扉を開いてもらわなくても、レールに乗ってもらうことで導くことができました。

 しかし、高校の吹奏楽部の場合は、多くの生徒がある程度のレベルに達した状態で入部してきます。そのため、生徒たちが「こういうふうにしたい」「全国大会に行きたい」という気持ちになるように持っていくことが必要です。ただ演奏スキルを上げても、生徒たちの間に化学反応が起きなければ結果は出ません。

 その意味でも、一人一人と向き合い、個への理解を深めることが大切です。子どもたちも褒められたいときに褒められるからうれしいし、褒められたいときに怒られたり、怒られるべき場面で褒められたりしたら、琴線に触れません。だから日頃から生徒たちの様子を見て、その子に対してどういうアプローチや指導、教育相談が必要なのか、そうした点を見抜くようにアンテナを高めています。生徒たちに何か話すときも、中学校の時以上に頭を使っています。

――高校に来たことが大きな転機だったのですね。

 この1年は、生徒たちの心の扉が開いた瞬間、生徒たちが変わった瞬間を随所に感じました。みんな能動的に取り組むし、たくさん考えるし、責任を持って取り組みます。現在の部員は「中畑先生がいるから叡明高校の吹奏楽部に入部した」という生徒が多いせいか、当初は「最後は先生がなんとかしてくれる」と考えている者もいました。そこから脱却して「私たちがこうしたいんだ」とエネルギーがシフトした瞬間を見ることができたように思います。

 メンバーが毎年変わっていく「スクールバンド」という形の中では、私が言ったことよりも、生徒たちが生み出したことの方がはるかに伝統として残っていくでしょう。外部業者との折衝やお金絡みのことは教員が介入しなければなりませんが、それ以外の運営は完全に生徒たちに委ねています。そうして部活動運営を委ねるようになっていけば、顧問の負担を減らすこともできます。

生徒による部活動運営が、教員の負担軽減につながる

――自身の負担も減ったのですか。

生徒に任せることで教員も楽になるという
生徒に任せることで教員も楽になるという

 そうですね。私自身、子どもがまだ小さいので、保育園の送迎で夕方5時頃には帰らないと駄目な日もあります。そうすると、部活動に私がいない時間帯が生じます。でも、そこで右往左往するような部では、結果も出ないし不満もたまります。よく言っているのは「私がいなくても大丈夫な部になってね」ということです。

 中学校教員の頃は「私がいないと駄目だね」と言われる方が、どこかで格好良いと思っていたんですよね。私も部活動指導に関わっている時間が楽しく、プライベートよりも部活動を優先していました。

――今もプライベートを犠牲にする教員は少なくありません。

 そうですね。教員の場合、自分の子どもの運動会と勤務校の運動会が重なったりします。今の私は、絶対に自分の子の運動会に行きます。本校では、私が練習に子どもを連れて来たり、「子どものことで先に帰るね」と言ったりしても、生徒たちは何ら問題なく、むしろ好感を持って受け入れてくれます。今どきの高校生は、仕事だけでなく家庭を大切にしている大人に憧れる世代なんですよね。

【プロフィール】

中畑裕太(なかはた・ゆうた) 1985年、福島県白河市生まれ。高校時代は埼玉県の吹奏楽部強豪校・狭山ヶ丘高校吹奏楽部で部長を務め、武蔵野音楽大学に進学。大学時代から吹奏楽の外部講師としても活動。その後、埼玉県の公立中学校教員となり、初任校の吉見町立吉見中学校の吹奏楽部を赴任4年目で全日本吹奏楽コンクール初出場へと導き、中学校の部の指揮者として史上最年少で金賞を獲得する。2014年に異動した川口市立青木中学校でも吹奏楽部を全国大会常連校に育て上げ、各種全国大会に生徒たちを導く。19年度から叡明高等学校教諭。著書に『「行動四原則」で強くなる吹奏楽』(竹書房)など。

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